山形市の松見町、中心街から少し外れた住宅街に、ふと漂う小麦粉の優しい香り。「プチハウス」は、佐藤美子(さとうよしこ)さんが自宅の一部を改装して作った町の小さなパン屋さんです。2020年4月のオープンから、1年と数ヶ月。平日は介護職の仕事があるため、週末だけの営業ですが、どんどん常連のお客さんが増えています。
平日は本業、週末だけ営業するパン屋さん
山形駅から車で10分弱、2つの大きな国道の間に挟まれた住宅街の中で「プチハウス」は営業しています。自宅の一部の使われていなかった部分を改装し、パンを仕込むキッチンと売り場に。オープンから約1年半経った今でも、雑誌や地方テレビに取り上げられるなど、活躍の場がどんどん広がっています。
そう聞くと、パン屋さんとして順調なスタートを切ったようにも思えますが、実は佐藤さんにとって、パン作りは今のところサイドビジネス。平日は介護職を本業にし、土日のみパンを作って販売しています。(10:00〜14:00 ※なくなり次第終了)
決まった休みは週に1日だけと、とてもハードなスケジュールをこなすパワフルさです。
プチハウスで作られているパンは全部で14種類。その中でも一番人気は「長いパン」(420円)です。ちょっと変わった名前のパンは、中にクリームがたっぷり詰め込まれた商品で、カスタード・チョコ・ピーナッツ・チーズの4種類の味があります。
ツナとチーズが入った「焼きカレーパン」(180円)もヒット商品の一つ。カレーパンというと丸いものが定番ですが、プチハウスのものはサイコロ型に作られています。もっちりした生地と、少しピリッとしたカレーの相性がピッタリの一品です。
きっかけはホームベーカリー!?
佐藤さんがパン作りに目覚めるきっかけとなったのは、友達がホームベーカリーで作ったパンだったそう。4年ほど前に、家で作ったパンをもらったときの、おいしさと柔らかさに感動しパン教室に通い始めました。
もともとケーキ作りや料理が得意で、家にきたお客さんに振る舞っていた佐藤さんですが、そのレパートリーの中にパンが増えるまでにそれほど時間はかかりませんでした。
「最初の頃はお店を持つことは全く意識していませんでした」。
少しずつパン作りの腕前が上がり、商品として出してみないかという話を周りの人たちから言ってもらえるように。本業もあるし……と、ずっと思っていた佐藤さんでしたが、2年前にお孫さんが生まれたことを機に、ちょっとした意識の変化があったのだそう。
「この子に安心安全で、おいしいものを食べさせてあげたい」。
自分自身の手でおいしいものを生み出せるなら、それに勝る喜びはないんじゃないか……。2歳になったお孫さんが自分のパンを楽しみにしてくれていることが、モチベーションに繋がっている、と言います。
安心安全、でもおいしさも重要
ベイクマとの出会いはお店オープンの少し前。それまでは北海道産の小麦粉「春よ恋」を使っていましたが、もう少しパンチのある生地にするために試行錯誤していた時でした。
「もう一種類ブレンドされた小麦粉を使ってみては?」と、知人のアドバイスがあり、実際に「春よ恋」と「ゆめちから」のブレンド粉に変更したところ、思い描いていた生地に仕上がりました。
その粉を扱っていて、検索に出てきたのがベイクマのサイトでした。「お試しで注文してみたら、電話がきて驚きましたね」と、語ります。
佐藤さんが心がけている「安心安心で身体に良いものを」という言葉通り、プチハウスのパンは食材の産地や添加物の有無に気をつかっています。
レーズンは自家製のさくらんぼ酒に漬けたものを使うなど、山形の食材を取り入れることも意識しているのだそう。
ただ、それと同じくらい佐藤さんが重要視しているのは、おいしいかどうか。「シンプルな話ですが、私はおいしいものが好きなんです。いくら身体に良くても、おいしくないと食べようと思えないじゃないですか」。
佐藤さんの考える「おいしさ」が、多くの人に受け入れられていることは、プチハウスの人気ぶりからすぐにわかるところですが……、佐藤さんが喜びを感じるのは、自分が作ったパンをパン好きの人に気に入ってもらえることだけではありません。
お客さんに言われて特に嬉しかったのは、「もともとパンが苦手なパートナーが、これならおいしいと言っていっぱい食べてくれた!」という報告を受けた時でした。
パンが苦手な方や、普段からあまり食べない方にも味わって欲しい。「誰もが楽しめるパン」を目指しているんだそう。
お客さんの意見を取り入れ、新商品も開発
プチハウスの商品作りは、お客さんの意見も取り入れています。パンに入れる具材のリクエストを受けることも多く、その中から季節商品が生まれることも。例えば、この夏に作り始めた「アヒージョパン」。アヒージョにパンをつけるのではなくアヒージョのパン!?と、驚きますが、それもお客さんの要望があったから。
「食べてみたい」「あったらおもしろそう」といった新商品のヒントは、お客さんとの会話の中で自然と生まれます。お客さんのことを第一に考え、お店での会話も大事にする佐藤さんだからこそできる商品開発の方法かもしれません。食品アレルギーのことを相談されることもあるそうです。
「自分が考えて作ったパンを褒められるのも嬉しいけど、リクエストに応えて作ったパンで喜んでもらえるのは、もっと嬉しい。だから、これからもお客さんの声は大事にしてパン作りを続けていけたらと思っています」。
お客さんのことを考えて工夫を凝らしているのは、メニューだけではありません。
袋につけられたパンの名前のシールにも気を配ります。一つ一つにシールを貼るのは手間がかかりますし、商品の内容は買ってくれる時に口頭で伝えられるので、なくても大丈夫なものではあります。それでも、お客さんがパッと手に取った時に、すぐになんのパンかわかるように、しっかりと見やすい位置にシールを貼っているのです。
また、袋の裏面を止めているテープは色付きのマスキングテープと決めています。
「こういうのを止めるのって、透明なセロハンテープが多いけど、それだと見にくいし剥がしにくい。色付きテープなら、ほら、誰でもすぐにはがせるの」という佐藤さんの目には、お客さんの様子が見えているようでした。
作って売るだけだと……おもしろくない
ここまで、パン作りに対する思いを聞かせてもらいましたが、意外なことに佐藤さんの中のパン作りは、作って売るだけでは終わりません。終わらないというよりも、それだけだとおもしろくない、というのが佐藤さんの考えです。
「商品を作る/売るだけだと、それ以上の関係が生まれることはありません。1年以上販売してきた中で、ただおいしいだけではリピーターは生まれない、というのは思っていて……。
味だけで何を買うかを決めてるわけじゃないんだなってことに気づいたんです。それに私自身、ただ作って売るだけの関係よりも、もっとパンをきっかけにしたコミュニケーションが重要だとも思っているし。パンは一つのきっかけにすぎないんです」。
お客さんのリクエストは積極的に受け、お客さんと同じ目線で進む。それがプチハウスのやり方です。
小さな家から生まれるサプライズ
お店の名前であるプチハウス。小さな家という意味ですが、そこには佐藤さんの思いが込められています。
「大きなパン会社じゃなくて、小さな家みたいなパン屋さんから、本当においしいものが出てきたらおもしろいでしょ?」そういって笑う佐藤さんからは、パン作りの楽しさが溢れ出ていました。
きっとこの先、その笑顔とパワフルさに力づけられる人が、これからもどんどんプチハウスのファンになっていくことでしょう。小さな家から生まれるサプライズに、いつかあなたも出会ってみてはいかがでしょうか。
(文・写真 岡本大樹)
プチハウス | ぷちはうす 山形県山形市松見町10-2 |