「ふらり」 本田 詠子さん

「繋がり」と「思いやり」溢れる空間

東京・吉祥寺にあるパンと焼き菓子のお店「ふらり」。店主の本田 詠子(ホンダ エイコ)さんがつくるパンは、国産小麦を使用しています。詠子さんがパン作りに込めた想いを伺ってきました。

東京・吉祥寺は、「住みたい街ランキング」で10年連続1位に君臨したこともある、「暮らしやすい街」の代名詞のような街。駅前には、大きな商業施設や昔ながらの商店、さらには街の象徴とも言える緑豊かで四季折々の顔を見せる井の頭公園があります。田舎と都市部、そして自然がうまく融合した街です。

吉祥寺駅から少し離れた住宅街。千上川水に沿って進んだ先にあるのが、パンと焼き菓子のお店「ふらり」です。

「こんにちは」ー温かな笑顔で迎え入れてくれたのは、「ふらり」の店主・本田 詠子さんです。この地にお店をオープンしてもうすぐ3年。老若男女問わず、地元の人に愛されるお店です。

『ふらり』の店名に込められた意味は、その名の通り、誰でもふらりと立ち寄れる場所にしたいという詠子さんの願いから。いつでも気軽に寄り道できる、地域の人々に愛され続けるお店でありたいという想いを込めて立ち上げられたお店です。

 

料理研究家への憧れ

詠子さんは、小さいころからお母さんの手料理に囲まれて育ちました。

「味噌や桜餅など、なんでも手作りする母でした。大人になるまで、どの家庭でも味噌を手作りするのは一般的だと思っていたんです。」

中高生になると料理に興味を持つようになり、お母さんと一緒にキッチンで過ごす時間が長くなりました。料理の仕事をすることに憧れがありましたが、現実はそう簡単にはいかず、大学を卒業後は千葉県で運送会社の事務スタッフとして働くことになりました。

社会人になると、料理の仕事への憧れが心の中でどんどん大きくなっていきました。
その後、結婚をして東京へ引っ越すことになった詠子さん。「結婚してからではチャンスを逃してしまう」と思い、引っ越す前にフードコーディネーターの専門学校に通うことにしました。

「やると決めたら、もう迷わない」という詠子さん。学校では、テーブルコーディネートや料理の色合いについて学んだり、限られた材料でどんな料理を作るかレシピを考案する課題にも取り組みました。

「半年間、学校に通って気付いたことは、料理研究家として料理を作るのは自分には合わないのではないか。」

「オリジナルのレシピを作りたい、自分の料理で人を喜ばせたい」と思う彼女にとって、憧れていた料理研究家の仕事に就くことは叶わなかったのです。

料理教室でのアシスタント

東京に引っ越して、都会での生活に落ち着いた頃、料理に関してもう少し専門的に学びたいと考えた詠子さん。

以前通っていた専門学校の卒業生が、東京で料理教室を開いていると聞き、そこで学ぶことに。独学では学ぶことのできない、基礎から専門的な知識まで多くを学びました。

そして、教室に通い始めて2年が経ったころ、先生から「アシスタントが辞めちゃうから、やってみない?」とアシスタント業務を勤めることを頼まれました。

そこでは、本の監修のための撮影に同行させてもらったり、食材をカットしたりと、様々な経験を積むことができました。

その後、子どもが生まれ、しばらく料理の仕事から離れていた詠子さんでしたが、
家の近くにシェアキッチンができたことをきっかけに、料理への情熱を再び燃やすことになりました。

「はじめからパン屋をやりたいとは思わなかったのですが、食に関するお店をやりたいという漠然とした想いはありました。そんな時にたまたま近所にシェアキッチンができ、まずは何か始めてみようと思ったんです。」

最初は挑戦することに不安しかなかったと話す詠子さんですが、すぐにはじめられるのもシェアキッチンのいいところ。

家族の協力も得て、週に1度のペースでシェアキッチンでパン屋を開くことになりました。

 

まるパン

今自分にできるものは何かを探し始めた詠子さん。

「パン作りは趣味の一つで、料理の先生のアシスタントをしたときに、料理教室でお料理と一緒に食べるための小さなパンを作らせてもらい、手作りパンの魅力を感じました。」

とくに、たまたま出会った秋田の酵母を使用したパンにはまり、「まるパン」や「ピザ」などを自宅で作るようになりました。

子供の幼稚園の友達との食事会で作った「まるパン」が好評で、家族以外の人にも喜んでもらえた経験が、詠子さんにとって大きな喜びとなり、現在のパン作りに繋がっています。

「はじめて家族以外の人にパンを喜んでもらえてとても嬉しかったんです。まるパンは、今でも店の人気商品です。」

初めてのシェアキッチンでのパン作りは、本を見ながら独学で学び、全部で16種類ほど焼き上げました。
シェアキッチンでの一日はとてもハードで、開店の10時に間に合わせるために、真っ暗な朝方3時に家を出て、必要な材料を自転車で運びました。
実際には、時間内にパンが焼き上がらないこともしばしばあったといいます。

「シェアキッチンは共同で使うので、朝が早くて荷物もたくさんで大変でした。でも、本当に楽しくて、辞めたいとは一度も思わなかったんです。」

子育てとシェアキッチンでのパン作りを両立する生活は、想像以上に大変だったに違いありません。「大好きなシェアキッチンでの出店も、長くは続けられないかもしれない。」そう感じていた彼女ですが、シェアキッチンで少しずつお客さんが増えていったことが自信につながり、いつしか「自分のお店を持ちたい」という夢へとかわっていきました。

最終的に、2年弱のシェアキッチンでの販売を経て、詠子さんは自分の店を持つことに決めたのです。

 

「ふらり」オープン、そしてコロナ禍

店を探し始めて1年後、詠子さんは知人から紹介された場所で新たなスタートを切りました。家族も彼女の夢を全力で支え、新しい挑戦に向けて快く受け入れてくれたのです。
家族の「がんばれ!」という後押しは、詠子さんにとって大きな力となりました。

時間をかけて準備をしてきて、お店のオープンを迎えた時の喜びはとても大きなものでしたが、同時に感じた緊張とプレッシャーも決して少なくありませんでした。

店がオープンしてからは、シェアキッチンの頃から続けて来てくれるお客さんもいて、少しずつ評判が上がっていきました。しかし、その喜びもつかの間、コロナウイルスの影響で休業を余儀なくされる時期がありました。
家族や従業員の健康を第一に考え、念のために店を閉める決断をしなければならなかったこともありました。

「この期間、売り上げが減り、先行きの不安を感じることもありました。」

「ようやく落ち着いてはきましたが、体調を崩してしまうと休まなければならなくなり、売り上げがなくなるだけでなく、従業員にもお客様にも迷惑をかけてしまうので、以前より健康には気をつけて、お店を休まないようにする事を目標にしています。」

 

みんなに支えられて

『ふらり』では、ママ友であり、長年一緒に頑張ってきたスタッフたちが大きな支えです。
詠子さんは、最初は1人でパンを焼いていました。
その後、シェアキッチンの準備を大変そうにしているのを見かねて、準備を手伝ってくれたママ友たちのおかげで、今では3人のスタッフと一緒にパン作りをしています。

「スタッフたちは、まるで自分のお店のように大切に思ってくれていて、パンの味や形にこだわり、良くないところはしっかりと指摘してくれるんです。」

「きっと、本田さんだからこそ人が集まるんです。」とあるスタッフの方が教えてくれました。

スタッフが増えることによる大変さを尋ねると、「実は、私もスタッフもよく失敗するんです。焦がしてしまったり、分量を間違えたり。」

自分は完璧ではないと話す彼女は、「先日は失敗して悲鳴をあげてしまいました。」と笑いながら話してくれました。

1人で店を切り盛りすることの大変さもありますが、スタッフ一人ひとりが得意とする分野を活かして、お店を支えてくれています。パンの陳列、エプロン作り、梱包など、それぞれのスキルを生かした協力が、お店を円滑に運営する秘訣となっているようです。人事などの管理業務は増えるものの、それ以上に「みんなでやることが楽しい」と詠子さんは話してくれました。

美味しいものを作りたいその一心

小麦粉やパンに使う材料は、基本的には国産のものを使用しています。果物などもなるべくその時に一番美味しいものを使うように心がけています。

お客様からは、「離乳食にしたい」とか、「子どもが市販のパンは食べないけどここのパンは食べてくれるんです」とか、「なかなかこういうパンが売っていなくて」という嬉しいお言葉をいただくことがあります。

「これからも、みなさんに喜んでいただけるパンを作っていきたいです。」

 

パンだけじゃないついでが欲しい

店舗をオープンした場所は、幼稚園や小学校などが点在するファミリー向けの住宅街。
店を訪れるのは、赤ちゃんを抱える親から小さなお子さん、近所の人たち、おじいちゃんおばあちゃんまで、さまざまな世代の方々です。

詠子さんは、『ふらり』をただのパン屋ではなく、地域の人が楽しめる空間づくりに力を入れてきました。絵本の貸し出しや子供服のリサイクル、スタッフ手作りのトートバッグの販売、動物保護のための募金活動や野菜の販売など、様々な試みを行い、地域の憩いの場として少しずつ根付いていきました。

「雨や雪の日でも、わざわざ買いに来てくれる方もいたり」と詠子さんは話します。そんな方々のためにも、野菜など生活に必要なものが一箇所で揃うような場所を作りたいのです。

また、詠子さんの夢は、いつかカフェを開くこと。子どもやお年寄りが多いこの地域で、みんなが話せる場所をつくりたいと考えています。「あそこに行くと楽しいね」と思ってもらえるような場所を目指しています。

「繋がり」と「思いやり」溢れる空間

「私は完璧ではない。だからこそ人への思いやりを忘れず、スタッフみんなで協力してやってくのが楽しいんです。」
そう話す詠子さんは、地域やスタッフとの深い「繋がり」を大切に、常に「思いやり」を持ち続けることを心がけています。
詠子さんの営む「ふらり」は、これからも訪れる人々にとってふらっと立ち寄れる、居心地の良い空間として地域に愛され続けるでしょう。

ふらり


東京都武蔵野市吉祥寺
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