マフィン食中毒事故から学ぶ食品衛生の基本について

小規模ベーカリーの食品衛生管理

こんにちは、ベーカリスタ代表の楠本です。

先日発生し話題となったマフィンの食中毒事故。小規模で営業されているベーカリーのユーザー様が多い当社でも危機感を持って事態を捉えておりました。家庭料理の美味しさや温かさと、その延長としてのベーカリーが人気の一方で、この事故のケースのように大量に製造し、販売まで時間を置くとなると食品製造工場としての知識や設備、オペレーションが必要になります。

今回はベーカリーに関わる食品衛生管理について、最近の消費者の傾向とともに一緒に考えていければと思います。

現代の消費者嗜好と食品安全性の新たな課題

近年の消費者の嗜好性には新たな傾向が見られます。半生やジューシーな食感、水分量の多さ、低糖質、添加物の不使用、そして手作りへのこだわりといった特徴が求められるようになりました。これらの嗜好性は美味しさと新鮮さを追求する上で魅力的ですが、一方で、食品の安全性を確保する上でのリスクを伴います。

伝統的な食品保存技術(ドライフルーツを例に)

フィリングで入れるドライフルーツを例に考えてみましょう。フィリングにプルーンのドライフルーツを使用するとします。食品衛生の観点から最も保管しやすいドライフルーツは、糖漬けされ、水分量が約14%以下のものです。

一般的に常温で1年程度の賞味期限がついているドライフルーツは糖漬けか微生物が不活性になるまで乾燥されたものです。なぜでしょうか。そもそも食品を乾燥させたり、糖分や塩分に漬け込むのは味付けというよりも、伝統的な食品保存技術です。
塩漬け:塩は微生物の成長を抑制する作用があります。高濃度の塩は、浸透圧の原理で食品の水分を抜くことで細菌やカビの増殖を防ぎ、食品を長期間保存可能にします。
糖漬け:砂糖も水分を奪うことで微生物の活動を抑えます。また、高濃度の糖分は細菌が生存できる環境を作り出しにくくします。
これらの技術は過去の冷蔵技術が発達していない時代に、食品の安全な保存に不可欠でした。

しかし現代の消費者は食品保管技術の進歩に伴って、乾燥度合いの強いドライフルーツよりもややジューシーで柔らかいものを好む傾向にあり、糖漬けされていないフレッシュな製品を好むことが多いです。これは、残念ながら微生物の増殖を促進し、食品衛生管理をより複雑にします。伝統的な食品保管技術を使用しない代わりに、低温管理、低酸素管理、高温殺菌真空パックなど新たな食品保管技術を実施する必要があります。

では、実際砂糖を使用せずにジューシーなドライフルーツを含むパンを提供する場合、どのような対策が考えられるでしょうか。以下の2つの対策を提案します。

① 食品用の包装資材で密封し、冷蔵または冷凍管理を行うことで、カビや微生物の増殖を抑制する。
② 適切なサイズの脱酸素剤を使用し、脱酸素剤に対応した包装資材で製品を包装することで、賞味期限を約5日程度に延長する。

【注意点】
包装と温度管理: 冷蔵または冷凍管理は微生物の活動を抑制し、食品の鮮度を保つ効果的な方法です。しかし、これには適切な温度での連続した冷蔵設備が必要であり、流通過程での温度管理が特に重要です。冷蔵状態が途切れると、微生物が急速に増殖するリスクがあります。また、食品用の包装資材を使用する際は、食品との相性や安全性を十分に考慮する必要があります。
脱酸素剤の使用: 脱酸素剤は酸素を取り除き、酸素に依存する微生物の増殖を抑える効果があります。適切なサイズと種類の脱酸素剤の選択は重要ですが、これは食品の種類、包装の種類、保存の条件によって異なります。また、脱酸素剤を使用する場合は、消費者への誤飲のリスクに対する警告表示を明確にする必要があります。

その他、ジューシー(水分量の多い)なフルーツなど(フィリング)を含むパンなどの製品に対して考えられる対策をコラムの最後にまとめましたので、興味のある方はご覧ください。
その他、追加の対策集

一般的衛生管理を徹底する

食品の安全を確保するためには、製品の管理だけでなく、製造工程での衛生管理がとても大切です。製造室を清潔な「衛生区」として維持し、入室する際はうがいと手洗い、マスク着用を徹底します。また、製造衣も常に清潔に保ち、これらの衛生管理を店主だけでなく全従業員が実行することが必要です。

さらに、原材料や半製品(例えば自家製フィリングなど)の管理も重要です。これらが雑菌で汚染されないようにするため、適切な保管方法を取ることが必要です。設備が不足している場合は、メーカーから提供されるフィリングを使う選択肢も考えるべきです。

このように、食品を提供する事業者として食品衛生管理に関して知識を得ることは非常に重要で、特に店頭で焼きたてを販売するのではなく、小売店などに流通させたり、まとめて製造してイベントで販売するなどの場合、ベーカリーではなく食品製造工場としての食品衛生管理が必要になります。

私個人としては小規模ベーカリーの魅力は大量販売にあるのではなく、店頭でシェフとお客様がお話ししながら、商品だけでなく人としてのつながりも作って行くところにあり、店舗もシェフも含めて商品であり付加価値だと思っています。とはいえ、小売流通やイベント出展なども求められたり、機会があるのは事実です。

専門家の見解を確認する。

当事者であるシェフは、やはり売り上げを上げて行くことに意識が集中しがちですし、商品開発、マーケティング、販売、顧客関係維持など様々なタスクに時間を注ぐものです。食品衛生管理は後回しになってしまいがちですが、やはり専門家の意見を聞き安全な食品製造に努めるのが製造者の責任です。

そこで今回、ベーカリスタの食品衛生管理、HACCPアドバイザーの大森さんに、小規模のベーカリーやスイーツショップで食品衛生管理上注意する必要がある点について聞いてみました。
今回の件を機に一度お店の食品衛生管理を見直してみましょう。

Q&A

Q. 砂糖を減らしてヘルシーに作りたんだけど、ダメですか?
A. 洋菓子やパン・焼き菓子には、基本のレシピがあります。
それは、長い間に培われた食品を安全に保存させる知恵と、美味しく食べるための努力の結晶です。レシピの配合比率にはそういう大切な意味があります。
糖類を減らす、油分を減らす、未加熱の素材や手作りの副材を混ぜ込む、冷蔵管理ができない、脱酸素剤を使わない、等は、衛生上で十分に保存できるという確証と、作り手の責任を持って製造しましょう。責任は全て製造者にあります。

Q. でも、やっぱり砂糖は半分で作りたい! ダメ?? 専用の冷蔵庫無いけど。。
A. 砂糖を減らして作る場合、普通のお惣菜と同じ消費期限と考えて製造・販売してください。
いわゆる、生ものに近い扱いが必要ということです。
清潔な環境での製造、10℃以下の冷蔵保存、加熱後の急冷と衛生的な包装、等が必要です。
どれぐらいでどう安心できないかは個別の条件に依りますので、無理しないことが一番です。

Q. でもでも、やっぱりもう少し何とか消費期限を延ばしたいんですが。。。
A. ビジネスで食品を扱う場合の消費期限の決め方は、製造・流通・販売期間を通して同じ環境下での保存実験を行い、明らかに変質する前の経過時点に0.7~0.8を掛けた期間で決定します。 仮に、製造後5日目まで大丈夫で6日目でアウトな場合、5日×0.7=3.5日、5日×0.8=4.0日で、消費期限は製造後4日未満まで、ということになります。(一般論です)
11/1のAM(早朝)製造なら、消費期限は、11/4夜くらいまで、ということになります。

Q. マフィンが糸を引くなんて信じられない。きちんと加熱しているから大丈夫ですよね?
A. マフィンでもクッキーでも、条件が悪ければ腐敗します。
ましてや、昨今の「柔らかい」「甘くない」「しっとりした」「フレッシュな」商品を望む消費者のニーズは、食品を長持ちさせる方向と真逆の要望です。
通常の焼き菓子が1週間は余裕で保存できても、ドライフルーツを入れただけで3日と持たないケースもあります。加熱不足だけではありません。

Q. 糸を引く、という意味が良く分からない。腐ってるの?
A. 今回のマフィンは、フィリングの栗の甘煮から明らかに粘性の糸が見られました。
菌の同定は未だですが、セレウス菌かブドウ球菌類の一種かと推測されます。
菌が糸を引く状態であり、納豆のようなヘンな匂いがあり、食べると味が明らかに変だったということから、一般的にはもう「腐っている」と言って差し支えないと言えるでしょう。

Q. 私のところはマフィンをやってないし、フィリング入れてないから大丈夫ですよね?
A. 今回の「糸引きマフィン」のケースは様々な要因が重なって起こりました。
1. 衛生的でない製造環境(製造衣が汚い、作業台にカビが見られる、つけ爪で製造、等)
1. 製造してから長期間の常温保存(クーラーを設置しただけの部屋20°以上で放置)
1. 製品を焼成後すぐにラップ包装(ムレによる水蒸気発生、水分量が多く腐敗要因)
1. 栗やジャム等のフィリングの消費期限の信ぴょう性(低糖度の自家製? 製造日は?)
1. ワンオペレーションでの明らかにキャパオーバーな製造環境(5日で3000個!製造)
1. 消費期限や賞味期限の意味が分かっていない製造者(表示シールを過去何度も間違い)
食品工場レベルの衛生環境が作れない、個人商店や中規模までのベーカリー、菓子製造業
では悪条件が重ならなくても食品事故は起こり得ます。
「対岸の火事」と思わないで、教訓として製造環境を見直してみましょう。

Q. そうは言っても、「催事」「イベント」は商売として切り離せない。 どうしたらいいの?
A. 対面販売を基本としているショップでは、製造したものを当日中に販売できる、保存方法や食べるときの注意点を直接伝えられる、消費期限を過ぎそうなものは出さない、等の処置ができ、対面販売本来の売り方が出来ます。
かたや、催事・イベント等の場合になりますと、、、
1. 通常よりもロットが大きい販売で、いつものルーティンと違いワケが分からなくなる、
1. 前もって作り置きしないといけないので、どうしても消費期限設定が甘くなる、
1. 無理して作ろうとするあまり、焼成不足や加熱不足が起きやすい
1. 流通過程や展示場所等で衛生環境が守られない危険性がある(日当たり、室温上昇、等)
1. 誰にどれだけ売ったかが分からなくなり、事故が起きた時に追跡できなくなる
などなど、多くのリスクをはらみます。
イベント等で食品を販売する際には、十分な時間的余裕と人員の確保、いつも以上に衛生面には気を付けて、無理なことや行き当たりばったりの事はしない、で取り組むことが大事です。

Q. イベントだけでなくても普段から商品の安全性に不安を持っているんだけど、どうしたら?
A. 手作りの良さから生まれたスイーツ事業、ベーカリーショップなど、家庭の調理環境下での延長線上でビジネスを始められた方がベーカリスタのお客様には大勢いらっしゃいます。
ビジネスとして食品を製造・販売することは食中毒のリスクと常に隣り合わせです。
心配する点を挙げればキリがありません。
厚生労働省のホームページには、食品衛生の指導方法コーナーが充実しています。
特に、HACCP方式という衛生的な食品製造の方式を推奨しています。
こちらのページを参照することをおススメいたします。
厚生労働省HACCPのページ
全国菓子協会HACCP焼き菓子のページ

ベーカリスタ食品衛生管理・HACCPアドバイザー大森義之

参考資料

食品衛生管理の観点からのカビや微生物への追加対策は以下のとおりです。

  1. 水分活性(aw)の管理: 食品の水分活性を測定し、微生物の成長に適さないレベル(水分量14%以下)に保つことが重要です。これは、フルーツの水分レベルを調整する(ドライフルーツ加工する)ことで達成できる場合があります。
  2. pH管理: 食品のpHを調整し、微生物の増殖を抑えるような酸性度に保つことで、保存性を高めることができます。特に酵母は酸性環境に弱い傾向があります。
  3. 天然保存料の使用: ソルビン酸や安息香酸などの天然保存料を使用して、微生物の増殖を抑制します。これらは食品の風味をあまり変えずに安全性を高めることができます。
  4. 微生物学的検査: 定期的に製品の微生物学的検査を行い、製品が食品安全基準を満たしているかを確認します。
  5. 衛生教育と従業員のトレーニング: 従業員に対する衛生教育と適切なトレーニングを提供し、製造環境が常に清潔であることを確保します。
  6. クリーンルームや特定のエリアでの製造: 高い衛生レベルが求められる製品の製造には、クリーンルームや特定の衛生管理されたエリアを使用することを検討します。
  7. クロスコンタミネーションの管理: 生の食品と調理済みの食品が交差しないようにし、工具や作業面の定期的な洗浄と消毒を徹底します。
  8. 製品のトレーサビリティ: 原材料から最終製品に至るまで、製品の追跡が可能なシステムを構築します。万が一の食品安全事故発生時に迅速に対応するためです。

これらの対策は、製品の安全性を確保するために、製造工程全体で組み込むべきものです。食品衛生管理は単一の対策ではなく、複数の制御ポイントを組み合わせた包括的なアプローチが必要です。
しかし、食品添加物の使用は専門的な知識が必要で、個人のベーカリーで使用するのは現実的ではありません。自店の設備・オペレーションでできる範囲で商品開発、衛生管理、製造計画を作りましょう。
また、2021年6月から飲食店を含む全ての食品を扱う企業でHACCPの導入が義務付けられています。HACCP認証の取得は義務ではありませんがHACCP的管理が必要です。

以上、できるだけ分かりやすくコラムにしてみましたがいかがでしたでしょうか。
お客様に喜んでいただく商品提供の根底には、食品衛生管理の知識は必ず必要になります。正しい知識を身につけ、適切な食品の取り扱いを行い、無理のない生産計画を立てて末長くお客様に愛されるお店づくりをしていきましょう。

お困りのことがあれば、ベーカリスタサポートまでご相談ください。