
北海道・十勝清水町。
見渡すかぎり広がる畑、その中央に白いタープがゆったりと風になびいています。
ここは、株式会社SAWAYAMA FARMの農園。澄んだ空気と広大な緑に包まれたこの地で、今日も農と向き合う一人の姿があります。代表の澤山直樹さんです。
取材の日、彼が取り組んでいたのは、「陸稲(おかぼ)」という新しい米づくり。
水田ではなく畑で育てるこの手法は、2024年からの挑戦です。
「畑で米?って思われるかもしれません。でも、十勝の乾いた土地だからこそできることがあると思ったんです。」
自然に抗うのではなく、その性質を読み取り、寄り添い、活かす。
澤山さんの農業は、まさに「自然とともに生きる」ことそのものです。

「継ぐ」という自然な決断
農業を始めたのは19歳。
愛知県・名城大学農場で1年間研修を受け、家業の5代目として畑に立つようになりました。
「小さい頃から、なんとなく“自分が継ぐんだろうな”と思ってました。親戚のおじさんにもずっと“農業を継ぐのはお前しかいない”って言われて育ちました。」
現在、38ヘクタールの畑のうち28ヘクタールを有機栽培。
さらに自然栽培にも挑み、2013年には有機JAS認証を取得しました。
「農薬を使う作業のとき、目が痛くなったり鼻がムズムズしたりして……“これは自分に合っていない”って直感で分かりました。」
その感覚を信じた結果、彼の農業は自然との調和を重んじる方向へと進みました。

一年に一度だけの「答え合わせ」
自然とともに生きる農業は、時に不確かで、思い通りにいかないことも多い。
「でも僕は、それを失敗とは思っていません。全部、自分の目指す場所に向かうための途中経過です。」
作物の種をまけるのは年に一度きり。
天候も、気温も、土の機嫌も、自分の思い通りにはなりません。
「でも、それがいいんですよ。一年に一度だけの答え合わせが、毎年の真剣勝負になります。全部、経験です。」
ある年、春にまいた種が台風に見舞われたことがありました。芽が出たばかりの小さな命が、風にさらわれてしまった日、澤山さんは一晩中畑を歩きながら考えました。「守れなかった」ことに対する悔しさ。でも、それと同じくらい強く、「また立て直せばいい」と思えた。「農業って、希望のリセットができる仕事なんです」。
そして迎えた翌年、同じ場所にまいた種が、力強く芽吹きました。「あの時、あきらめなかったからこそ、この風景がある」—その景色を見た時、彼は初めて、土と自分の絆を確信したといいます。
答えは、土の中にある。
それを信じて預ける。
この営みの中に、彼のまっすぐな信念が宿ります。

「農」がつなぐ、コミュニティ「あたり前をありがとう」に
澤山さんの背中を支えているのが、妻のあずささん。
彼女との出会いもまた、「農」を通じて深まっていきました。
「初デートは映画『奇跡のリンゴ』。感動しボロボロ泣いていたあずさに、僕はこういう農業を目指してるんだって自然と話してました。」
無農薬でりんごを作るなんて、ありえないって言われた。それでも信じ続けた夫婦の姿に、もう胸がいっぱいで……。あの映画は、困難の中でも信じ抜くことの尊さ、人と自然が響き合うように生きる姿を教えてくれた。あの瞬間、私もこういう農業がしたいって心から思ったんです。
今では5人のお子さんに恵まれ、家族で農のある暮らしを楽しんでいます。
あずささんは、さわやま農場が主催するイベント「ナチュラルファームスクール」で、農の学びを届ける活動を展開され、参加者は今や400名を超えました。
「農作業を通じて、当たり前のありがたさに気づいてもらえたらうれしいですね。」
その思いの根底には、「幸せは なる ものじゃなく、気づくもの」という、彼女の深い信条があります。
「今、私たちが見ている空の青さ。土のあたたかさ。子どもたちの笑顔。それだけで、もう幸せって思えるんです」

自然と人が交わる村をつくる
SAWAYAMA FARMの挑戦は、作物を育てることにとどまりません。
清水町の若手農家たちの視察が相次ぎ、地域の未来にも光を灯しています。
そして、2025年。新たな挑戦が始まります。
それが、「村づくり」。
「みんなが関われる場所をつくりたい。自然と人が寄り添う、循環する暮らしの場を。」
その構想の中核となるのが、ビオトープのある共有スペース。
草花が風に揺れ、蝶が舞い、水辺にはカエルやヤゴ、小さな生きものたちが棲みつく。
「子どもたちが裸足で走り回って、土や水とふれあい、命のつながりを肌で感じられるような場所にしたいんです」と澤山さん。
村には農体験ができる小さな区画や、パンや野菜を分かち合う屋台、季節の食を楽しむ広場も構想中です。
訪れた人が自然の中で深呼吸し、人と出会い、また来たくなる第ニのふるさとのような空間。
「この村が、人と自然、人と人をつなぐあいだのような存在になれたらいいなって思うんです」
自然との共生を体現する村づくりは、澤山さんにとってこれまでの農業人生の集大成とも言える取り組みかもしれません。

編集後記:
自然に逆らわず、でも流されず。
澤山さんとあずささんの生き方からは、自然とともに暮らすことの豊かさ、そして人とのつながりを大切にすることの力強さが伝わってきます。
自然は教えてくれます。「すぐには答えが出ないこともある」「信じて待つことも、大切な営みだ」と。
幼い頃思い描いていた「なりたかった自分」。
今、私たちはその姿に、少しでも近づけているでしょうか。
日々の仕事や育児、介護や勉強に追われながらも、ふと立ち止まり、鳥の声に耳を澄ませ、風を感じ、自然の恵みに「ありがとう」と心を向ける時間。
そんな当たり前の尊さに気づけることが、本当の豊かさなのかもしれません。
私たちベーカリスタもまた、こうした生産者の想いを大切に、お客様に素材を届けていきたいと改めて感じました。
SAWAYAMA FARMの歩みが、これからも地域と未来をつなぐ希望の種でありますように。