
遠藤草園さんの、根をはった生き方
静かなオホーツクの風が吹き抜ける紋別。畑の向こうには、どこまでも続く地平線。その景色の中に立つと、遠藤草園(そうえん)さんの生き方そのものが重なって見えます。まっすぐで、誠実で、そしてやさしくしなやかに。韓国と日本をまたいだ旅、パンデミックという試練、そして北の大地への定住。彼女の物語は、いつも「食べること」への純粋な問いを軸に動いてきました。
畑の味が、教えてくれること
私たちが遠藤さんのお宅へお邪魔したとき、草園さんはまずキッチンに立ち、お昼ごはんの支度をしてくれました。並んだのは、自分たちの畑で育てた野菜、丁寧に炊いたお米、手作りの味噌。素材の数は多くない。けれど、ひと口食べた瞬間、体の奥から「おいしい」と感じる料理でした。
野菜が中心なのに、深い満足感がある。調味料は極力シンプルで、それなのに味わいに奥行きがある。旨味とは、素材そのものの中にこそあるのだと、改めて気づかされる食卓でした。後を引く滋味とでも言えばいいのか、胃ではなく心が満たされるような感覚がありました。
「こだわる」とは、特別なものを足すことではなく、本質を引き出すこと。余分なものをひとつずつ手放していくと、素材のいちばん正直な顔が見えてくる気がします。
そんな草園さんの料理の原点は、どこから来ているのでしょうか。その問いを追うと、物語は大学卒業後の旅まで遡ります。

「お給料はいりません。ここで働かせてください」
大学を卒業した後、旅先で草園さんの人生を変える一軒のレストランに出会います。札幌の、決して広くはない小さなお店。派手な演出もなく、素朴でまっすぐな料理。けれど、ひと口食べると何かがするりと腑に落ちる。そういう料理でした。
「ここの料理には、嘘がない」。そう感じた草園さんは、旅を終えてからも、そのお店のことが頭から離れませんでした。数ヶ月間、迷いに迷い、ある日ついに履歴書を手に持ってドアを開けます。
お給料はいりません、なんでもやります。ここで働かせてくれませんか?
2019年のことでした。最初はホールの片隅で皿を洗い、仕込みを手伝い、料理の言葉を体で覚えていく日々。プロの厨房特有の緊張感と、料理が完成するときのあの一瞬の静けさ。「料理って、こんなに面白いのか」という驚きが、毎日更新されていきました。お給料のない修行は、それでも、何物にも代えがたい財産を草園さんに手渡してくれました。
80人が集まった、北海道の食の記憶
帰国後、草園さんは修行先のオーナーを韓国へ招き、料理教室を企画します。「北海道で感じたあの感動を、韓国の人にも味わってほしかったんです」。SNSで参加者を募ると、想像をはるかに超える80人が集まりました。

素材の声に耳を傾ける料理。引き算の美学。韓国の食文化とは異なるアプローチが、参加者の心を動かしました。「また来てほしい」という声が相次ぎ、料理教室は定期開催へと発展します。やがて草園さんは、会場費の負担に限界を感じるようになりました。「場所を持つしかない」。そう決意したとき、自分の店を構える道が開けてきました。
その店の内装を手がけることになったのが、大工として働いていた遠藤貴裕(たかひろ)さんでした。のちの夫です。壁の色を選び、棚の高さを話し合い、厨房の動線を一緒に考える時間を重ねるうちに、二人はお互いの存在を意識するようになっていきました。お店づくりが、もうひとつの大切な縁を生んだのです。

パンデミックと、立ち止まる勇気
新店舗のオープン直後、世界はコロナ禍に突入します。教室もイベントも次々と中止になり、せっかく生まれたばかりの場所に、人が来られなくなりました。「売り上げを立てなきゃ、と必死でした」。草園さんは言います。
お弁当販売を始め、スイーツのオンライン展開へ踏み出しました。できることを一つひとつ積み重ねる日々。やがてヴィーガンスイーツが評判を呼び、注文が途切れなくなります。経営としては安定していきました。しかし、草園さんの心の奥には、じわじわと違和感が育っていきました。



スイーツは売れました。でもそれは「好きなこと」ではなく「求められたこと」でした。本当は料理を作りたい。人に食べてもらいたい。それだけなんです。
2022年、人気の最中に店を手放す決断をします。周囲から見れば唐突に映ったかもしれません。けれど草園さんにとっては、ずっと前から用意されていた決断でした。「もう一度、原点から始めたい」。そのひと言が、すべてでした。
オホーツクの土が、教えてくれたこと
再び札幌で修行を始めた草園さんを、思いがけない出来事が待っていました。わずか3ヶ月後、修行先の店が閉店になったのです。また一度、地に足のつかない宙ぶらりんの時間。それでも草園さんは焦りませんでした。迷いながら連絡を取っていた貴裕さんのいる紋別へ向かいます。

農場を手伝う日々が始まりました。土に触れ、作物の育ちを見守り、収穫のよろこびを体で覚えていく。都市の厨房とはまったく異なる時間の流れに、草園さんは少しずつ馴染んでいきました。やがて二人は暮らしを共にするようになり、結婚。一人娘にも恵まれました。
韓国で日本料理を作っても、日本で作る味とは違うんです。食材が、その土地に合っているからなんだと思います。料理って、土地の記憶を映すものなんですよね
料理は、土地とつながるもの。その感覚を、オホーツクの風土が教えてくれました。畑で育った野菜を、その日の夕方に台所へ持ち込む。移動の距離がゼロに近いからこそ、素材の呼吸がそのまま皿に宿る。草園さんの料理は、紋別の地に根を張ることで、ようやくその本来の姿を取り戻したのかもしれません。

自然農法の畑で、生きる
夫・貴裕さんが営む「オホーツクファームうしお」では、自然農法を続けています。農薬も化学肥料も使わない。効率はよくない。手間もかかる。けれど、そこには”生命の味”があります。土の中のいきものが活き、植物が自分の力で育つ。そうして収穫された野菜には、店で買うものとは明らかに異なる表情があります。
「どちらが正しいかではなく、どちらが好きか。私たちは”自然”を選びたいんです」。二人でできる範囲の農業。無理に規模を広げることはしない。収入は多くなくても、暮らしには手のぬくもりが残ります。その静かな選択は、草園さんの料理の哲学ともぴたりと重なります。
収入が少なくても、心は豊かです。娘が畑を走り回るのを見ながらごはんを考えている。それが今の私にとっていちばん大切な時間です。

世界とつながる、小さなキッチン
現在は自宅のキッチンで料理やヴィーガンスイーツを丁寧に作り、ふるさと納税の返礼品として全国へ届けています。パッケージを開けた瞬間、オホーツクの空気がふわっと広がるような——そんな品物を送り出したいと、草園さんは言います。
オンライン料理教室には、いまや世界中から参加者が集まります。日本語が分からなくても、料理の手元を見るだけで伝わるものがある。素材を大切に扱うこと、余分を加えないこと、食べる人への想像力を絶やさないこと——言語を超えた料理の言葉が、画面越しに届いていきます。
韓国のテレビ出演オファーも、迷わず断りました。「有名になるより、着実に自分のペースで歩きたい」。選んだのは、細くても長く続ける道です。知名度よりも、一人ひとりとの関係の深さを。規模よりも、手が届く範囲の丁寧さを。草園さんの選択は、一貫してそこへ向かっています。

草園さんが伝えたい「本質」とは、毎日の暮らしの中にある小さな幸せのことだと思います。子どもと遊び、家族で食卓を囲み、畑を眺めながら今日のごはんを考える。その積み重ねこそが、生きる喜びだと彼女は語ります。
仕事も家庭も、どちらかを犠牲にしない。バランスを取りながら生きることが、私にとっての幸せです
有名になることより、丁寧であること。多く売ることより、正直であること。草園さんの選択は、いつもそちらへ向かってきました。その姿は、何かを足し続けることで豊かさを測ろうとする時代に、静かな問いを投げかけています。
オホーツクの風のように、静かで、強く、そして自由に。遠藤草園さんの小さなキッチンから、今日もまた、誰かの食卓へ向けて、ひとつの物語が旅立っていきます。