「紬麦」 峠土純子さん

日常の「ひととき」をパンと共に。

ベーカリスタの峠土純子(たおつち・じゅんこ)さんが営む、島根県江津(ごうつ)のベーカリー「紬麦(つむぎ)」。「安心して食べてもらいたい」という想いが込められた国産小麦のパンは、モチっとした食感で口の中に素材の甘みと香ばしさが広がります。
週末には、峠土さんのパンを求めて地元や遠方から多くの人が訪れる、あたたかな空間です。

心やすらぐ緑の中のパン屋さん

江津の海沿いから山に向かって車を走らせると、山間の道にポッと古民家が現れます。そこには、今回ご紹介するベーカリスタの峠土さんがはじめたベーカリー「紬麦」と、食・地域・心身がコンセプトのカフェ「蔵庭」があります。

地域の人と手作りしたという空間は木材がふんだんに使われ、やさしい色合いの照明にほっとします。

選ぶ楽しみがあると嬉しいから

店内に並ぶパンはおよそ30種類。

シンプルなバタールやハイジパン、チーズやコショウなどをつかったアクセントのあるパン、モチモチのベーグルなど多様です。

人気商品は、チョコレートでコーティングされたベーグルにココアパウダーのかかった「チョコベーグルドーナツ」。店頭に並んだ日には、すぐに売り切れてしまうのだとか。

取材に訪れた日、ちょうどご近所さんがパンを買いに来ていました。

「これにしようかな、どうしようかなぁ。こっちも気になるのよね。あと、食パンはあるのかしら?」と、時折笑みを浮かべながらパンを選びます。

「食パンはいつもみたいに厚めのカットでよかったですか?」

紬麦では、お客さんの好みに合わせて食パンをカットしてくれます。パンの厚さや、耳の有無などお客さんの好みはさまざま。また、いつも同じではなくその時々によって違うこともあるそうです。

好みを覚えてカットしてくれるだけでなく、こういった声かけをしてくれるのは嬉しいですね。

パン屋をはじめるきっかけは「好きなことを仕事にしたい」から

地元が浜田市だという峠土さん。短大卒業後、長らく浜田市役所で働いていましたが、このままここで仕事を続けていくのか考えるようになったそうです。

「このままでいいのかなと思った時に、好きなことを仕事にしたいと思ったんです。お菓子づくりやパンづくりが好きだったので、特別な日に食べるものではなく普段から食べるもので喜んでもらえたら。と思い、パン作りを決心しました。」

思い切った決断に不安がなかった訳ではありません。専門学校へ進むかも悩んだそうですが、年齢のことやいずれは自分のお店を持ちたかったこともあり広島県のベーカリーで約10年修行を積みます。

「修行のあと、地元の浜田でパン屋を開こうと考えていたのですが、なかなかいい場所が見つかりませんでした。そんな時に知人から戸田さん夫婦を紹介してもらったんです。」

戸田さん夫婦と出会い、お互いのやってみたいことを話す中で意気投合。戸田さん夫婦の営むカフェ「蔵庭」と一緒に峠土さんの営むベーカリー「紬麦」がはじまりました。

安心して食べてもらいたいから

「国産小麦100%。パンは無添加でつくっています。卵も使っていないので、子ども連れ、小さな赤ちゃん連れのお母さんがよく買いに来てくれますね。卵アレルギーのあるお子さんも多いみたいです。うちは、卵を使っているパンが少ないので、こんなにたくさんのパンが買えるんだ!と喜んでくれて」と、嬉しそうに話す峠土さん。

安心・安全に食べて欲しいという想いでつくるパンは、使う素材にはできるだけ気を使っているとのこと。江津の名産である“はんだごぼう”や、旬の野菜を使ったパンもつくっており、パンを通して江津の旬を知ることができます。

近隣のパン屋ではあまりみかけないハード系のパンや、年配のお客さんから好評の米粉を使ったパンなど、来てくれるお客さんの好みに合わせたラインナップです。

少しずつ広がっていったお客さんの輪

お店がはじまった当初は、こんな山の中にパンを買いに来てくれる人はいるのだろうかと不安になったそう。

「修行先だったパン屋は、紬麦と同じように山間にお店があるんですけど、多くの方に来ていただいていたので大丈夫だと思っていたんです。でも、いざ自分がお店をはじめると、ここまで人が来てくれるんだろうか?と不安になりましたね。それでもオープン日にはたくさんの方が来てくれて、嬉しかったです。」

オープンから4年。少しづつお客さんが増えていき、今では土日になると多くの方がパンを買いに来てくれますと、にこやかに話す峠土さん。

「遠方からのお客さんが多いんですけど、最近は江津の人もパンを買いに来てくれるようになりました。新しいものや場所って初めはどうしても様子を伺ってしまうと思うので。それでも、近所の人からもらったのを食べてみて美味しかったからと口コミで広がって、お店に足を運んでくれるようになりました。」

パンを買いに来ておしまいになってしまうのではなく、些細な世間話もコミュニケーションの一環として大切にしている峠土さん。パンの美味しさだけではなく、峠土さんの人柄やお客さんへの想いがあるから、遠方や何度も訪れる方が絶えないのではないでしょうか。

店舗販売に加え、月に2回浜田市役所への移動販売もしています。ECサイトでの販売も始め、定期的に購入してくれるお客さんが全国にいるそうです。

 

生活の中に溶けこんで、ほっと出来るようなパンを届けたい

「パンって、主食にも嗜好品にもなると思うんです。だから、忙しい時や疲れた時にうちのパンを食べてもらってひと息をついてもらいたいなって。来るまでの山道も素敵なので、パンを食べながらその雰囲気を思い出してもらえたら嬉しいですね。」

安心してパンを食べてもらうだけではなく、お客さんの日常に心を寄せた一つひとつの言葉に強い想いが感じられます。

「作ってみたいパンは、まだまだたくさんあるんです」と、話す峠土さん。新しいパンが、また誰かの日常のほっとひと息になるかもしれません。

(文・写真 カタヤマハルカ)

紬麦 | つむぎ


島根県江津市松川町下河戸 1-1
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