岩崎農園(北海道由仁町):岩崎博之さん

親から子へ、そして孫へ
未来に繋ぐ食の安全と生産者の思い。

札幌から車で約1時間。のどかな田園風景が広がる北海道の由仁(ゆに)町で小麦農家を営んでいるご家族がいます。

両親から受け継いだ理想の営農を、次世代を担う自分の子へと伝えている岩崎農園の岩崎博之さん。未来の食の安全を守るため、今北海道で注目されている「スペルト小麦」作りに奮闘する親子にお話を伺いました。

両親が農業をする姿を見て育った子ども時代

「うちは、5代続く農家で、物心ついたときから両親が農業をする姿を見て育ちました。当然、苦労もあったとは思いますが憧れることも多く、いつしか自分も両親のように農業をしてみたいと思うようになりました。」と、博之さん。

岩崎家が農業を始めたのは1940年から。由仁町で農業をしつつ、空知では米と畑で作物を栽培していました。当時トラクターはなく、一頭の馬を使って農作業をしていたそうです。1969年に3代目がトラクターを導入したことをきっかけに、近代農業へと移り変わっていきます。

博之さんは小さい頃から乗り物が好きで、トラクターに乗っている3代目に憧れ、大学卒業後に就農。その後、30歳で畑作農家になり、 小麦、小豆、黒豆を中心に栽培をするようになりました。

「最初のうちは天候に左右されて思ったように作物が実らず、悩んだり落ち込んだり苦労しました。それでも、20年以上そばで見守り続けてくれた父には感謝しかないですね。」

博之さんが就農されて30年以上、農業のあり方も変わり、量を生産するのではなく、質を意識したものづくりに変わっていったそうです。岩崎農園では、小麦の栽培にこだわるようになりました。

小麦アレルギーをきっかけに出会った「スペルト小麦」

「今や日本人の食生活は多様化し、小麦を使った料理が食卓に並ぶのも珍しくないですが、比例するように小麦アレルギーの方も増えているそうですね。おかしなもので、実は私自身も小麦アレルギーだったんです。」と、博之さん。

「生産者の都合で生育しやすいものに改良したり、消費者の求める低価格に応えるため収穫量を増やす改良をしたりと、様々な品種改良を続けてきた結果、人間の体に合わないところまで来てしまったのかもしれませんね。」

「私自身、長年アレルギーだったので諦めもありましたが、アレルギーは遺伝要因もあるとお医者さんに聞いて……息子、そして孫が苦労するのは可哀想だなと、少しでも対策をしようと、スペルト小麦の栽培を開始しました。」

スペルト小麦は、約7,000年前より栽培されている小麦の原型に近い品種で、遺伝子操作や品種改良がほとんど行われていません。一般的な小麦(普通小麦)に比べて収穫量が少なく、脱穀作業に労力がかかるため希少で高価ですが、ビタミン、ミネラル、アミノ酸などの栄養価が豊富なため、近年注目されています。

また、普通小麦に比べてフルクタン(体内で消化されにくい食物繊維)が少ないとされています。小麦が食べられない人の中には、グルテンではなくフルクタンへの反応が理由になっている場合があるようで、 普通小麦のパンは食べられなくてもスペルト小麦のパンは食べられるケースもあるようです。

しかし、栽培する上で良いことずくめとは言えません。

「スペルト小麦は人の背丈の胸くらいまで成長するので非常に倒れやすいです。雨風が続いている時なんかは心配で何度も見に来たりしますね。今年は特に天候が不安定だったので、例年より気を使いました。」

実際にスペルト小麦を見せてもらいました。左が普通小麦、右がスペルト小麦です。比べると麦の穂が太くてどっしりとしているのがわかります。

固くて厚いもみがらに覆われているため、そのままでは製粉できません。皮を剥き表面を荒削りしてから製粉しなければいけないので、通常の何倍も手間がかかるのです。

そのため、 北海道ではスペルト小麦はまだまだ認知されておらず、生産している農家も数える程度しかありません。岩崎農園も挑戦を始めて4年目。これからもっとスペルト小麦の栄養価や特徴などを広めていき、北海道の先駆者となれるよう頑張っていきたいと、夢を語ってくれました。

安心安全へのこだわり

アレルギーが出にくいというスペルト小麦の特徴を最大限生かすため、他の小麦とは使用する機械を完全に分けているそうです。専用のコンバイン(収穫機)で刈り取り、その後の乾燥機も専用のものを用意しています。

「すべての機械を専用で用意するのは大変ですが、せっかく作るなら徹底して安心・安全なものを食べてもらいたいですからね。それが岩崎農園のこだわりです。」

現在の法律では、有機栽培で無い限り機械を分ける必要はないので、非常にコストや手間をかけていると感じます。しかし、自身や息子さんがアレルギーだったからこそ、異物混入を避けて、食の安全を守りたいという強い想いを感じました。

「 飽食の時代である昨今、安い輸入食品や加工品も大量に出回っていますが、ひとつひとつの食品や作物に対する興味関心は薄れてきているように感じます。自分の食べているものがどこから来てどのように作られているのか、その成り立ちに目を向けてもらえたら嬉しいですね。」

食糧自給率の低い日本においては、海外からの輸入に頼らざるを得ない部分もありますが、一人一人がもっと国産の農作物に関心を持ってもらえたらと願わずにはいられません。

全国のパン屋さんとも情報交換

岩崎さんは、時間があるときは自分で生産したスペルト小麦や、麺に適した「つるきち」という品種を使ってパンやクッキー、ラーメンなどを作っているのだそう。

「いろいろ作って、家族で楽しんでいます。スペルト小麦だけで焼いたパンは、ナッツのような香ばしさに加え、チョコレートやカカオのような甘い香りになるんですよ。」

「自分で作るのも楽しいですが、パン屋さんがスペルト小麦を使って、パンを作ってくれるのは嬉しいですね。見学の受け入れもしているので、その際にパン作りの話を教えていただいたり、販売されているパンを試食させてもらったりすると、活力になります。」

5代目となる裕太さんが就農してからは、生産者がわかる安心安全の販売を心がけ、ネットショップでの販売、Instagramやブログでの発信もするようになりました。

「時代とともに、販売方法も変えていく必要がありますよね。私自身はパソコン作業に慣れていないので、息子に手伝ってもらいながらですけどね。最終的にはパンを買ってくれる人に生産者の顔まで知ってもらえたら嬉しいけど、まずは小麦を購入してくれる方々に、想いを伝えていきたいですね。」

岩崎農園のInstagramには、全国各地から訪問されたパン屋さんとの写真が掲載されていて、農園バックに笑顔で撮影されているのが印象的でした。

日本の食を支えていきたい

岩崎さんに今後の展望を伺いました。

「不安定な国際情勢による肥料や原油価格の高騰、それに伴う光熱費や物価の上昇、さらには温暖化による天候不順など大変な部分も多々ありますが、日本の食糧自給率が38%程度であるのに対し、北海道の食糧自給率は200%と非常に高いので、北海道のみならず“日本の食”を支えていきたいという強い気持ちを持って臨んでいます。

父から受け継いだものを、子の代、孫の代へと繋いでいき、ひいては北海道の農業を盛り上げることで日本の食糧自給率を少しでも上げ、いずれは海外に頼らない継続的な営農、そして農作物の安定した供給を行えたらと思っています。」

「農業も、ものつくり。味とクオリティの追求が大切だと思っているので、5代目にも更なる追求をして欲しいですね。私も動けるうちは挑戦していきます。」

ご自身のご家族はもちろん、日本の食の安全を守りたいという熱い想いを、取材を通して感じました。「 栽培しているスペルト小麦が料理となり、安心・安全に、そして笑顔で楽しんでくれたら嬉しいですね。」と、食卓に並んでいるところを想像して、微笑まれていました。

岩崎農園 住所/北海道夕張郡由仁町本三川731
電話/0123-87-3761
HP/https://iwasakinouen.com/index.html Instagram/https://www.instagram.com/yuni_iwasaki_farm

(写真・文/サファリグラフィックス)

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