大阪府泉佐野市、都心から電車で約1時間のところ。住宅街にあるWakka Bagel は、小さな小屋のベーグル屋さんです。
オシャレなブルーの小窓を開けると、木の温もりに包まれた素敵な雑貨が飾られています。工房から出てきた店主の熊代 由美子さんが、笑顔で取材に応じてくれました。
店名のWakka Bagel とは「わっか」、すなわち「輪」からきています。
ベーグルを作る為の粉を供給してくれる農家さん、粉の仕入れ先、店主である熊代由美子さん、お店に足を運んでくれるお客様、そしてそのお客様が友人を連れて再び店を訪れる…。そんな風に、みんなが一つの輪となって繋がっていってほしい。「美味しい幸せ」の連鎖が広がるように。
そんな優しい想いを込めて、立ち上げられたお店です。
ドレスのコーディネーター
由美子さんは大学を卒業後、ドレスのコーディネーターとして働いていました。
4つ歳の離れた姉の結婚式で、姉の華やかなドレス姿に感動した由美子さんは、その時からブライダル業界へ興味を持ち始めました。
「大変なこともあったけれど、お客様の晴れ姿が見られるとても幸せな仕事でした」と彼女は話します。
そして、第一子を出産するまでの7年間、大好きだったドレスのコーディネーターとして働き続けました。
子供がお腹にいる時、由美子さんは次のキャリアステップについて考えていました。
本当は、出産後もコーディネーターの仕事に戻りたいという思いがありましたが、「ブライダル業界はハードな仕事なので、子育てとの両立は難しい。」
それを知っていた彼女は、ご主人の提案で子育てと両立がしやすい事務の仕事に挑戦することに。その後、三人目を出産するまで事務職をしていました。
しかしながら、3人の子供を育てるという生活はなかなか大変なものでした。
「朝はいつも戦争なんです。子供がまだ小さいので、彼らを送り出したあとに家の家事をこなして、すぐに仕事へ向かう。子供のことだけで精一杯なのに自分のことには手がまわりませんでした。」
そう語る彼女は、やむなく退職を決意しました。
酒種酵母
幼い頃からパンが大好きだった由美子さん。
「パン屋に入った時の香ばしい匂いが大好きなんです。」
結婚後は、見よう見まねでパンを焼くようになりました。そして、2人目の子供が生まれてからは、より本格的なパン作りを始めます。
「2人目の子が食物アレルギーが多いので、安心して食べれるパンを焼きたいと思って。卵や牛乳なしのパンを頻繁に焼くようになりました。」
ある日、職場の友人に誘われて「酒種酵母」を使ったパン教室に参加します。
今までいくつかのパン教室に通ったことのある由美子さんでしたが、「酒種酵母」で出来たパンを食べるのはこの日が初めて。
この手作りの「酒種酵母」のパンが、由美子さんの人生を変える転機となるのです。
日本人の主食である「お米」と「米麹」から作られている酒種酵母。
プレーン味なら、1歳の子供でも安心して食べられるほど身体に優しいといいます。
「焼くときに醤油っぽい香ばしい匂いがして、食べると生地がモチモチしていてたまらないんです。初めて食べた時、あまりの美味しさに衝撃を受けました。」
酒種酵母の美味しさの虜になった由美子さんは、すぐに酵母を使ったパン教室に通い始めました。
酒種酵母について知識を深めていった由美子さんでしたが、教室はコロナの影響で休業。
しかし、由美子さんの想いは冷めることはなく、「酒種酵母についてもっと知りたい!」という気持ちがますます強くなっていきました。
そして、コロナが落ち着いた後も新しいパン教室に通い、酒種酵母の基礎から応用までを学びました。
この「酒種酵母」との出会いが、後々由美子さんが「ベーグル専門店」を開く道へと繋がっていくのです。
みそ教室での出会い
小学校の夢は「パン屋さん」だったという由美子さん。家族全員がパン好きで、朝食には必ずパンが登場するような家庭で育ちました。夢を叶えるべく製菓の専門学校へ進学したいという漠然とした想いがあった彼女でしたが、自分に迷いがあり踏み込むことができず、一般の大学に進学することとなりました。
「ただただ、食べることが大好きな食いしん坊なんです。」
そう語る由美子さんですが、その後も食への興味は消えることなく、結婚後はパン教室や味噌教室、お出汁教室など、様々な料理教室に通いました。
そして、その中で由美子さんは「酒種酵母」に出会い、その美味しさの虜になりました。
「こんなに美味しい酒種酵母を、みんなに知ってもらいたい!」という思いから、彼女は自分で酒種酵母を使ったベーグルを作り始めます。そして、家族はもちろん、近所の人たちや料理教室で出会った人たちに自家製ベーグルを配るようになったのです。
「たくさんの人が『美味しい!』って言ってくれて。家族以外から褒められたのが初めてだったのですごく嬉しかったんです。」と彼女は笑顔で話します。
こうして少しずつ、誰かにベーグルを食べて喜んでもらうことが、由美子さん自身の喜びに変わっていったのです。
シェアキッチン
由美子さんがみんなにベーグルを配った後、知人からシェアキッチンでお店を出さないかと誘いがありました。
「誘ってくれた人も教室で勉強しながら、キッチンカーで色んなイベントに珈琲屋を出展していたんです。ずっとかっこいいなと憧れていました。私にできるか心配だったけど、それ以上に『やってみたい!』という気持ちが大きかったんだと思います。」
そして、サンドウィッチ屋や占い、アクセサリーなど様々なジャンルの出店者が集うシェアキッチンで、由美子さんは「ベーグル専門店」として出店することを決めました。
「家族に相談したらみんな反対せず、『やってみたらいい!』ってすごく応援してくれました。」
ベーグル作りに必要な機材をすべて自分で準備し、月に一度だけのシェアキッチンでの出店を開始しました。こうして由美子さんの夢だった「ベーグル屋」への一歩が歩み出されたのです。
3人目の子供が1歳になった頃から始めた、シェアキッチン。
子育てをしながら、前日の仕込み、当日朝5時からの準備を全て1人で行います。
「母は子守り、姉は売り子、主人はレジを手伝ってくれました。家族の支えがあったからこそ挑戦できました。」と彼女は話します。
そして、自分の作った酒種酵母のベーグルを販売し、お客さんから直接感想を聞けることは、由美子さんにとって何よりの喜びでした。
「お客さんからの『美味しい』という言葉が本当に嬉しくて。ありきたりな言葉かもしれないけれど、やっぱり直接聞けるとすごく嬉しいんです。」
シェアキッチンでは、他の出店者との交流も楽しみの一つでした。
「同じシェアキッチンで販売している人のアクセサリーを買ったり、お話したり、どんどん輪が広がっていくのも嬉しくて。」
3人の子育てに専念している彼女にとって、子育て以外に挑戦できる空間ができたことは、かけがえのない時間だったのです。
次のステージへ
シェアキッチンで出店を始めてから1年が経った頃、由美子さんは徐々に自分の店について考え始めました。
「少しずつお客さんにお店を知ってもらえるようになり、シェアキッチンで月に一度の出店だけではなく、もう少し継続して出店したいと思うようになったんです。」
しかし、子供たちがまだ小さい中、どこか他の場所を借りて店を開くという選択は、家族との時間を大切にしたい彼女にとって厳しいものでした。
「色々悩みましたが、やはり家族との時間も大切にしたくて、近距離に工房をもつことにしました。そうすれば、子供達が帰ってきたときに『おかえり』と言うことができると思ったんです。」
「ベーグル屋」を作りたいという彼女のお願いを、家族は快く受け入れてくれました。日々、試行錯誤しながらベーグル作りに励む彼女の姿を、家族はずっと見守り応援してくれていたのです。
店オープン
ベーグル屋を開くという由美子さんのアイデアは、実働するまでに少し時間がかかりました。
由美子さんが見つけた場所はスペースが限られていたので、通常のコンテナでは大きすぎるといった問題があり、ちょうど良いサイズの施設を見つけることが難しかったのです。
そんな中、インスタグラムでたまたま見つけた、京都にある小さな小屋のシフォンケーキ屋さん。
「これならできるかもしれない!」そう思った彼女はすぐに業者に問い合わせました。
そして約3ヶ月後、彼女は準備を終え、2022年5月に念願だったベーグル屋をオープンしました。
「シェアキッチンと違って、常設したキッチンと売り場があるお店は、なんだか自分だけのお城を持てた感覚でした。」
お店をオープンして約一年。
現在は、少しずつ店に訪れる常連や、遠くからわざわざ来てくれるお客さんも増えてきました。
「今だに、いつでも自分のお店があるというのが夢のようなんです。」と由美子さんは嬉しそうに語ります。
『お母さん以外』になれる場所
由美子さんは、3人の子育てと店を両立させながらも、「辛いと思ったことはない」と話します。
1人目の子供を出産したとき、彼女は初めての育児でいっぱいでした。しかし、2人目を産んだあと、少しずつ気持ちに変化が起こり始めたのです。
「育児以外の何かがしたい。」
コロナウイルスの影響で、ママ同士の交流が失われ、閉鎖的な環境での育児に苦しんだ由美子さん。
「いつか子供が大きくなった時、自分は何ができるんだろうか。」
そんな漠然とした不安を、由美子さんはずっと抱えていたのです。
「子供が3人もいるから、もし何か起きたらどうしようってずっと不安でした。だけど今は、「ベーグルを作れる」という自分だけのスキルができて、それが自信に繋がっています。」
由美子さんがシェアキッチンで出店したのは、数えると10回もなかったと言います。それでも、粉の調合やメニューの試作など、お店をオープンするまでにはたくさんの試行錯誤と失敗がありました。
子供のときから、冒険的なことに挑戦するタイプではなかったという由美子さん。家族にベーグル屋を開くことを伝えたとき、とても驚いていたそうです。
「自分でも、お店をオープンできたことに驚いています。だけど、シェアキッチンで少しずつ積み重ねていけたから、一歩踏み出せたのかもしれません。」
「きっと主人も私のモヤモヤに気付いて、何かに挑戦して欲しかったのかもしれないです。それ以上に、私自身が『お母さん以外』になれる居場所が欲しかったんです。」と彼女は振り返ります。
家族の全面的な応援と協力は、由美子さんにとって非常に大きな存在でした。
「先日、娘が『将来の夢はお医者さんかベーグル屋さん』って言ってくれて。頑張っているママの姿を見せられることが嬉しいんです。」と彼女は笑顔で語ります。
お母さんのごはんのように、毎日食べても飽きないベーグル
Wakka Bagelは地元の人に愛され、お客さんの多くが同世代のママや近所の方々です。
「酒種酵母」のようなできるだけ身体に優しい材料を使い、ひとつひとつ心を込めて作っています。それは、「お母さんのごはんのように、毎日食べても飽きないベーグル」を食べてもらいたいという彼女の思いから。
そして、彼女はお客さん1人ひとりとの会話もとても大切にしています。
「育児をしていると孤独に感じやすいので、小さいお子さんのいるお母さんたちと話すことで私自身も元気をもらっているんです。」と彼女は話します。
「近所の子供がお金を持って、1人で買いにきてくれることもあるんです。」
由美子さんにとって、子供たちの成長を見守るのも一つの楽しみなのです。
「お店に来るママさんと話していると、子育てに滅入っている人も多いんです。だからこそ、子供たちの手がかからないくらいに大きくなったら、いつか「ベーグルカフェ」を開きたいんです。」と由美子さんは語ります。
「たとえ小さな店でも、お母さんたちが気兼ねなく赤ちゃんを連れてきて、ゆっくり過ごせる空間を作れたらなぁと思っています。」
まだ先の話ですが、由美子さんの将来の夢は、お母さんたちの憩いの場を作ること。育児中に孤独を経験した彼女だからこそ、一人ひとりのお客さんに寄り添うことができるのです。
「今こうやってお店ができているのは、たくさんの人の支えや協力があってこそです。みんなの優しさが巡り巡って、夢が叶っていることに感謝しかありません。」
お母さんのごはんのように毎日食べても飽きない、そんなベーグルを目指して始まった小さな小屋のベーグル屋さん。たくさんの人に支えられて、由美子さんの営むWakka Bagelはお母さんたちの憩いの場になっていくのでした。
wakka_bagel(ワッカベーグル) 大阪府泉佐野市日根野 |