「こなkona工房」 小野寺理江さん

パンは素材が織りなす「芸術」
常に新しいものを作り続けていたい。

ベーカリスタの小野寺理江(おのでら・りえ)さんが営む、2011年オープンの「こなkona工房(こなこな こうぼう)」。
丹沢山の麓、神奈川県秦野市(はだの)の住宅エリアに佇むお店に並ぶのは、国産小麦や自家培養酵母で作られたパン約35種類。その全てが、都度ベストな方法を探究する小野寺さんの手で、アップデートされ続けています。

食欲だけでなく、好奇心をも駆り立てるパン

神奈川県の中西部に位置する渋沢駅から、丹沢山を前方に見ながら歩くこと約30分。静かな住宅地に「こなkona工房」は佇んでいます。

大人4人が入ると、ぎゅうぎゅうになるサイズ感の小さなお店のなかには、自家培養酵母で作られたパンがずらり。少なくとも35種類は揃えるようにしているといいます。

「いや、もっとあるかもしれません。先日友人が数えてくれた時には『41種類ある』と言っていました。」と微笑みながら話すのは、店主の小野寺理江さん。

全粒粉を用いたハードパンや食パンのほか、どっしりと具材が載った惣菜パンも多数揃えています。厚さ3センチほどのさつまいもがぎっしり詰まったフォカッチャや、甘栗と塩糀鶏肉、マッシュルームが入ったフォカッチャ。ごろっとした牛すじと九条ネギが載ったタルティーヌ。大葉と生ハムを巻き込んだエピ……。

お店のWebサイトには、パンについて「家庭用の機材で作る、ごく普通のパン」と書かれていますが、「え、それとこれとを組み合わせたんですか?」と思わずにこにこしてしまうような、斬新な組み合わせのパンも散見されます。

「お惣菜のパンは、料理の要素が強いせいか、お客さんに『これは何?』『パンなの?』と言われることもあります。」

人気があるから、置き続けるとは限らない

パンのラインナップは、約3分の2が週替わりで入れ替わるといいます。どんなパンが並ぶかは小野寺さん次第。人気があるから、需要が高いから……という理由で置き続けるとも限りません。

「人気のパン、という概念は特に意識していないんです。でも、そうですね……。秋から冬にかけての時期、クロワッサンは人気ですね。暑い時期はバターの折り込みが出来ないから作れなくて、お客さんから『まだ置かないの?』とリクエストをいただいていたのですが、先週からやっと始められました。」

お店の営業は金、土曜の2日間。とはいえ、製造から販売まで全ての行程をひとりで行うため、数日前からフル稼働といいます。営業前日は23時に起床し、深夜未明から朝にかけ、パンを作り、ひたすら焼き続けます。

「作り置きできなくはありませんが、それだと味が落ちてしまうので、その日に焼いたパンをその日のうちに販売すると決めています。」

お店に並ぶパンはどれも、丁寧に作られた過程を想像するに難しくない見目麗しいものばかり。ですが、生まれて初めてつくったパンは「大失敗」だったのだといいます。

かつては「なぜかパンだけ上手く作れなかった」

初めてパンを作ったのは小学生の頃。

「ファンシーなイラストとともにレシピが綴られた、お菓子の本を買ってもらい、以来お菓子作りにはまっていました。友達と遊ぶ時にもスポンジケーキを焼いたり、クッキーを焼いたり。おこずかいやお年玉は、お菓子作りの道具に投資していました。」

調理の楽しさに目覚めた小野寺さんは、その流れでパン作りにも挑戦。ですが……。

「バターロールを、レシピに書いてあるよりも小さいサイズで作ってみたんですね。そうしたら全然膨らまなくて。」

再び作る機会が訪れたのは調理専門学校での課題。初回のトラウマが尾を引いており、しぶしぶ作ったところ、何の因縁か、再び失敗してしまったと話します。

「なぜか、パンだけはうまくいかなかったんです。」

克服を期に「パン屋になろう」と一念発起

以来すっかり遠ざかっていたというパン作り。ですが、結婚を期に生活に変化が生じるとともに、再挑戦の機会が訪れました。

「時間に余裕ができたので、元々好きだったお菓子やイタリアン、フレンチなどを作っていたところ『もう、いいかな』というところまでいって。ふと、パンに挑戦してみようと思い立ちました。なんというか、克服したかったんです。」

パン教室に通い始めたところ、今度は失敗することなくパン作りに成功。一気にパン作りへの思いが募り、「パン屋さんになる」という決心が芽生えたといいます。

その後は怒涛の勢いで複数のパン教室に同時に通い、知識と技術の習得に励みました。加えて、ベーカリーチェーンの製造部門で、実務からも学ぶことに。

「お店の製造チーフが熱い人で、『私、パン屋をやりたいんです』と話したら、働かせてもらえることになったんです。」

しかし当時、会社員でもあったという小野寺さん。朝5時から8時までパンを焼いたあと、9時に出社する……という果敢なダブルワークを敢行した末に退職を決意し、パンの道1本に絞りました。

「売り上げのある店舗だったので、常に忙しくて過酷でしたが、そのおかげで、スピード感や段取りの立て方を身に付けられたように思います。」

約2年間勤務したあとは、開業資金を捻出するため、再び会社員生活へ。稼いだお金で少しずつ、必要な道具を揃えていきました。

「パン屋とパン教室、どちらも大事」

小野寺さんは、パン屋で販売を行いながら、パン教室を継続的に開催しています。

「パン教室とパン屋、どっちに比重があるかというと、どっちも同じくらいです。」

双方に通じるのは、パンを「作りたい」「作り続けたい」という思い。一方で「パンを『食べる』のが好きなわけではないんです」とも話します。

パンを作る時の発想の起点は「材料」。この材料を用いると、どんなことができるのか。どこまで美味しいものが作れるのか。考えを巡らせ、実際に手を動かしながら、新しいパンを続々と生み出します。

「パンは、私にとって芸術作品みたいなものなんです。」

開店時と今とで、パンの種類や量は約4倍に増えたほか、作り方や味わいも常に変化し続けています。

「教室で作るもの以外は、基本レシピを残していないんです。残してしまうと、それに執着してしまうから。都度、自分がベストだと思う材料や配合、製法を選んで、常に新しいものを作り続けていたいんです。」

なお「ベイクマ」では主にライ麦と薄力粉を購入しているとのこと。

「『小さなパン屋』『問屋』でインターネット検索したとき、最初に出てきたのが『ベイクマ』でした。

最近は地産地消をしたいと考え、地元秦野産の小麦粉を用いることが多いのですが、(ベイクマで販売されている小麦粉の)チェックは時折していて。『この品種何だろう、面白そう』と思った時などに購入しています。」

繋がりがないところからのスタート

隅々まで小野寺さんのこだわりが詰まった「こなkona工房」は、開店時間の前から行列ができることもしばしば。閉店時間を待たずに完売することも少なくありません。

「でも、お店を構えたばかりの頃は全然売れなくて。繋がりを作るところからのスタートでした。まずは近所にチラシを配ったりして。少しずつ、少しずつっていう感じですね。」

チラシを見て訪れた来店者のなかには、「なぜこんなに固いのか」「なぜこんなに高いのか」など、心ない言葉を投げつけてくる人もいたのだとか。

ですが、3、4年ほど経過したころからでしょうか。心ない来店者は淘汰されてゆき、今では訪れるお客さんの多くは、「こなkona工房」のパンをこよなく愛する常連さんです。

醍醐味は、自分のペースで仕事ができること

自分のお店を持つ醍醐味は「自分のペースで仕事ができること」だと話す小野寺さん。

「酵母と向き合っている時間が好きなんです。興味のないことはしたくない。自分勝手なパン屋さんなんですよ。」

とはいえ、お客さんへの配慮はいたって細やかです。少し小さめに焼き上がったパンがあれば、「同じようには売れないから……」と値引きして販売。買ったパンをその場で温められるよう、レジ横にスチームトースターも常備。

営業前夜には、販売するパンの詳細を全てWebサイトとFacebookにUPし、できる範囲内でお取り置きにも対応しています。さらに、午後イチ時点での売れ行きの状況もFacebookで必ずお知らせ。

時には、焦げたパンの写真とともに「今朝は久々にやらかしまして、りんごのタルティーヌとブルーベリーとバナナのタルティーヌはお店に並びません」と報告する……という正直すぎる投稿も。

せっかく来てくれるお客さん達に無駄足を踏ませたくない。そんな小野寺さんの優しさが伝わってきます。飾らなさや、自然体のホスピタリティもまた、常連さんを惹きつけて離さないのでしょう。

「今の目標は継続していくこと。かつては、1年ごとに目標を立てていた時期もあったんですけどね。『イベントに出て知名度を上げる』とか……。

今でもイベントに出ることはありますが、お店の規模を大きくしようとは全く思っていなくて。自分1人で続けられることを、体力が続く限り続けていきたいです。材料を吟味しながら、より良いものを作りつつパンを作っていきたいです。」

(文・写真 ネッシーあやこ)

こなkona工房 | こなこな こうぼう


神奈川県秦野市戸川452-36
(アクセス:小田急小田原線・渋沢駅北口より徒歩約30分。バス有)
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