神奈川県横浜市にあるシェアキッチンでパンを製造し販売する「mikipan(みきぱん)」の海鋒美季(かいほこ みき)さんは、お店を持たないパン屋さんです。
シェアキッチンの仲間とイベント出店したり、ネット販売で全国へパンを発送しています。
おいしいパンができるまで、そこには多くの人が携わっています。生産する人、販売する人、パンを焼く人。そして、効率よく量産されることで、私たちはいつでもおいしいパンを食べることができるようになりました。
しかしそれが当たり前となり、人との繋がりが希薄化し感謝の気持ちを忘れているのではないでしょうか。
生産者へ感謝の気持ちを大切にして欲しいと願う1人の女性がいました。
これは小さいけれど一つひとつ思いを込めてパンを焼く「お店を持たないパン屋さん」の物語です。
商店街で開かれるイベント。
神奈川県横浜市にある西横浜駅を降りると、そこは縁日でにぎわっていました。パンを販売しながらパンの魅力を語る「mikipan(みきぱん)」の海鋒美季(かいほこ みき)さんの姿がありました。
mikipanは菓子製造業許可付きシェアキッチンでパンを作り、イベント出店がメインのパン屋さんです。
人との繋がりを大事にする彼女は、どんなに忙しくても一人ひとりとの会話を大切にします。
お客さんとイベントの仲間、集まる人たちが少しずつ繋がってゆき、小さいけれど繋がりの強いコミュニティがそこにありました。
毎月第四月曜日には、シェアキッチンの仲間とMonday Lovers Market(マンデーラバーズマーケット)というイベントを開いています。
「仕事が始まる月曜日って、なんか少し憂鬱でしょ?そんなマンデーがハッピーになったら嬉しいね!」
出店メンバーで名もないマルシェに名付けて生まれたマンデーラバーズマーケット。
美季さんが所属するシェアキッチンの仲間たちとの間で生まれたグループです。グループで活動するようになってから、いっそうパン作りが楽しくなったと美季さんは語ります。
仕入れるのではなく”いただく”。
美季さんが選ぶパンの材料にはこだわりがありました。
小麦粉は北海道産。副材料はできるだけ国産のもの、パンの材料には地元横浜の農家チームから農薬や化学肥料を使わない安心、安全で新鮮な野菜を仕入れています。
国産で手に入らないドライフルーツは出来るだけオーガニックのものを使用します。
材料にこだわると、原価が高くなってしまうこともあります。それでも仕方ないと言う美季さんには彼女なりの理由がありました。
「私はいつも食材を仕入れるのではなく、”お分けいただいている” という気持ちです。
私自身、農作物を育てることができるわけではないですし、それを加工して販売できるわけでもありません。そこには作る人、販売する人、運んでくれる人がいて、私がこうしてパンを作ることができるんです。
作り手として感謝の気持ちを大切にすることで、パンを食べて下さる人にも伝わったら嬉しいですね。」
ずっと、パン屋さんになりたかった。
美季さんの前職は保育園栄養士です。
パン屋になるための製パン学校や経営を学んできたわけではありませんでした。しかし、彼女は子どもの頃からパン屋さんを夢見てきたのです。
おばあちゃん子だった美季さんは、おばあちゃんが台所で和菓子などおやつを作っている姿を見てきました。
お団子、おやき、お餅のあげせんべい。昔ながらのおやつを一緒に作ってきました。
その影響を受けて、自分でも何か作りたいと、焼き菓子やパンを作るようになったのです。
小学生の頃、放課後友だちと作った焼き菓子やパンを、学校へ持っていくようになりました。
先生や友人たちに「おいしい!」と言われ、それが彼女の喜びとなりました。
もっと上手に作りたいと焼き続けることでますますパン作りが楽しくなり、それがいつしか、パン屋さんになりたいという夢となっていきました。
しかし、将来のことを両親に話すと、最初は反対されたと言います。
「子どもの頃から、パン屋さんになりたいと思っていたんです。でも、両親はそれを反対していて。そのことで父と喧嘩したこともありました。」と当時について語る美季さん。
両親との衝突がありながらも、最終的には母の「まずは食のことについて学んでからにしたら」と言うアドバイスをきっかけに、栄養士の道へ進むことになりました。
”食”について考えるようになった。
栄養士の道に進んだ美季さんは、短大を卒業後、保育園の栄養士として働いていました。献立を考え、調理を担当していました。
その保育園では食育に力を入れていて、彼女自身も食について学ぶ機会が多かったと言います。
学校では教わらなかった食の安全についても深く考える様になりました。栄養士の仕事は栄養の管理がメインですが、子どもたちと毎日食育活動を行う時間もありました。
保育園で乳幼児期から食育活動を通して泥付きの野菜や獲れたての魚に触れることが出来る子どもたち。卒園する時には子どもたちだけで、ご飯を炊いて味噌汁を作れるようになっていました。
子どもへの食育の大切さを実感した彼女は、出産後、保育園栄養士の仕事を離れてからも、子どもたちにもっと食について伝えていきたいと思うようになっていきました。
日本人でも合うように。
栄養士として働くかたわら、家庭でパン作りをしていた美季さんは、子どもたちが安心しておいしく食べられるパンを考えていました。
パン文化は戦後に栄えた外国由来のものなので、これまでに日本人が食べてきたわけではありません。パンは私たちの体に合うものなのだろうかと気にしていた彼女は、それでもできる限り日本人の体に合うパンを作りたいと考えていました。そこで辿り着いたのが、お米。mikipanのパンは、米麹を使用した自家製酵母で作られています。米麹酵母で作るパンが、安心して食べられるパンを考え続けてきた彼女が出した、一つの答えでした。
パン屋で働いてみたけれど。
ずっとパン屋さんで働きたいという夢は、大人になった今でも変わらずありました。自身の子育てもあり保育園を退職した美季さんは、パートとしてパン屋で働くことになりました。
そのパン屋では、生地をこねる人、形成する人、焼く人、仕上げする人、販売する人、効率よく分業されていました。
ずっとパン屋さんになりたかった彼女にとって、そこにはたくさんの学びがありました。製造から販売までのフロー、そしてパン屋で実際に働いた感覚は、今まで夢見てきたものと少しずつリンクしていきました。
しかし「何か違うな」と感じた美季さん。彼女が大切にしている何かが欠けていることに気付いたそうです。
暑い夏にはパンの売り上げが落ちるそうです。美季さんは、売れないパンを大量廃棄したことがありました。
美季さんが気にしているのはフードロスの問題だけではありません。このパンには原料を作る人がいて、それを加工する人、販売する人。彼らなしではパンを作ることができないのに、余ったら捨てるという現実に、納得のいかない気持ちでした。
「一生懸命作ってくれた生産者さんに対して、なんだか申し訳ない気持ちになりました。もっと食に感謝し、大事に扱いたいですね。」
人との繋がりを大切にし、そして純粋にパンが好きだった彼女は、少し納得のいかないものがあったのです。
「せっかくこだわっていた素材がこだわりではなく安物になっていく。それが本当に私が作りたいものなのだろうかと考えるようになりました。自分が食べたくないものは食べさせたくない。」
「私がやりたいのは、子どもたちにパンの魅力、それは味だけではなくて、素材だったり、その土地柄や作り手の想い、全てを子どもたちに教えたいと思ったんです。」
菓子製造許可付きシェアキッチンがオープン。
コロナ禍をきっかけに、家でたくさんパンを焼いていた彼女は、作ったパンを自分で販売してみたいと思い始めるようになりました。
家のキッチンでは製造・販売の許可がないので、菓子製造業許可のあるキッチンを探していました。しかし、横浜市内ではなかなかそのような場所は見当たらなかったそうです。
そこで誕生したのが、彼女の願いをきっかけに生まれたシェアキッチン「Simskitchin(シムズキッチン)」。
シムズキッチンを作った人物は、リフォーム屋で美季さんの学生時代の友人志村直樹さん(現在(株)Sims kitchen 代表取締役)でした。
冗談まじりに「菓子製造許可付きキッチンを作って欲しい!!」と美季さんが相談すると
「シェアキッチンを作ることで夢が叶う人が居るならば、夢の実現を応援するシェアキッチンを作ろう!」
と志村さんは迷うことなくすぐにアパートの空き部屋を菓子製造許可のあるキッチンのリフォーム工事を始められたそうです。
そして、美季さんはシェアキッチンの管理人として運営をサポートすることに。
こうしてできたシムズキッチンの利用者さんはほとんどが女性です。美季さんと同じ様に子育てや仕事をしながら、お店を持ちたいという夢を持って製造場所を探されている方々が焼き菓子やパンを作って販売ができるようになりました。
そしてキッチンのメンバー同士でイベントを企画したり、マルシェに参加したり、仲間が増え続けています。
小規模の個人店は悩みも多く、パン作りは仕込みから長丁場。時には孤独感を感じるかもしれません。しかし、仲間がいるから頑張れるのだと、美季さんは語ります。
子どもたちのためにパンを焼きたい。
ずっとパン屋になることを夢見てきた美季さんは、その道の途中で子どもたちに「食」について伝えていく尊さに気づき、パン屋のパートで営業方法や製パン技術を学びました。
「どんなパン屋さんに成長していきたいか?と良く聞かれるのですが、パンを売るだけではなく、パンを一緒に作ったり、パンの魅力を伝えるトコロにしていきたいです。」
「私がおばあちゃんになった時に、子どもたちに『パン焼いてく?』と気軽に声をかけて、みんなで楽しく焼いて、そして美味しくいただく。もちろん家族にお土産を持って。それが彼らの子どもの頃の記憶の一部として残ってもらえればいいなと思っています。」
お店を持たないパン屋さんの挑戦は、これから始まります。
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