「パンとコーヒーのお店 ふっくら」福井真理さん

誰もが認め合える空間を

大阪府都島区、大阪駅からバスで15分ほど離れた住宅街に、「音楽教室とパンとコーヒー」のお店があります。滋賀から大阪へ移住してきた店主:福井真理(ふくいまり)さんと、ご主人の福井陽介さんのご夫婦で営むアットホームで温かい空間がそこにはありました。

「福祉の道へ」

真理さんは高校卒業後、病院事務のスタッフとして働いていました。その傍ら、以前から福祉関係に興味のあった彼女は、福祉の通信大学にも通います。家族の中に心の病気を患っていた人がいたのです。

しかし、勉強すればするほど「精神科」の分野が自分には向いていないことを実感します。
「私自身が精神疾患の患者さんに感情移入しすぎてしまって、体調を崩すことが多くなったんです。」

福祉は好きだったけれど、同調性の高い彼女にとって負担となっていたのです。
それに加え、病院の人間関係もストレスとなって軽いうつ状態が続いたため、一度仕事と学業から離れることを決意しました。

昔から周囲に気を遣いすぎて疲れることがあった彼女。大学時代から、人間関係で悩むくらいなら「いつか一人で独立できる仕事がしたい」と漠然と考えていました。

そして仕事と大学を休んでいる間、彼女の心に浮かんだのは「楽しい雰囲気の仕事がしたい」という思いでした。学校から帰ると、お母さんがよくケーキやクッキー、そしてパンを焼いて待っていてくれたそうです。「それが嬉しかったんです」と話す真理さん。その思いが、後々の「パン職人」を目指す道へと繋がっていくのです。

「憧れだった大阪」

幼い頃はパンがあまり好きではなかったと話す真理さん。
「田舎だったので、周りにオシャレで美味しいパン屋さんが少なくて。大阪で立ち寄ったお店で食べたパンがあまりにも美味しくて、衝撃を受けたんです。どのお店にもオープンキッチンがあって、そこから見えるシェフもかっこいいなあって目で追っていました。」

都会から離れた場所で育った真理さん。大阪へ遊びに行くたび、キラキラしたお店にいつしか憧れを募らせていました。

「ケーキ屋もいいけど、どうせなら毎日食べられるものを手作りしてみたいなって思ったんです。」そして、23歳になった年にパン職人へと転身することになります。

「パン職人への道」

最初は某チェーン店でのアルバイトから始まったパン職人の修行。想像していた楽しそうなイメージとは異なり、彼女に待っていたのは過酷な肉体労働でした。
「パン屋の一日は早朝から始まり、終わるのも遅いんです。休みもほとんどなくて。何も分からない私にとってはどうしていいか分からず本当に辛かったです。」
実際、何度もパン屋を辞めることが頭によぎったと言います。だけど「パンがうまく焼けるようになってから辞めたい」という強い意志が彼女を支えました。

実は、パン職人になることを家族から反対されていたそうです。
食べていけるか分からない不安定な道ではなく、安定した職について欲しかったという家族。
「誰かに否定されたからって諦めようとは思わなくて。」むしろ家族に認められたい思いがあったからこそ、3年間続けることができたのかもしれません。

その後、パン作りに魅了された彼女は大阪にある小さなパン屋で修行することを決意します。自分の店を持つなら憧れの大阪と決めていたのです。新しいお店は、量をたくさん作ることよりも安心で身体に良い食材にこだわっていたので、全ての材料が手作りでした。自家製酵母の作り方も初めて習いました。「ここで働いた経験が、今にすごく活きています。」と真理さんは語ります。

「喫茶ふっくら」

大阪での修行を2年経験したのち、友人から大阪の此花区(このはなく)に新しくシェアハウスをオープンして、パン屋をしないかと誘いがありました。

ミュージシャンやシェフなど、様々な芸術家が集うシェアハウスを友人たちと始め、真理さんはここで「喫茶ふっくら」という名でパンのある喫茶店を開いたのです。

のちに、東京から引っ越してきた音楽家でバリスタでもある旦那さんと出逢います。
週に3回、真理さんがパンを焼き、旦那さんがコーヒーを淹れる「喫茶ふっくら」の始まりでした。

初期費用が一切かからないシェアハウスでは、気軽にお店を始めることができます。
「何より自分の作ったパンを『美味しい!』って食べてもらえるのがすごく嬉しかったんです。」
休みの日は仲間たちとギターを練習し、趣味でDJにも挑戦してみました。音楽が大好きな真理さんは、ライブ会場を貸し切って好きなミュージシャンだけを呼んだ音楽イベントを開催したこともあるそうです。
「やりたい!って思ったことは考えるより先に行動しちゃうんです。それに自分がやりたいことだから楽しく続けられる。大変なこともあるけど、助けてくれる仲間がいるから挑戦できるんです。」

「ドラベ症候群」

お店が大好きだった真理さんは、子供が生まれた後もお店を続けるつもりでした。しかし、6年続けた「喫茶ふっくら」に幕を閉じる時がやってきます。

「息子に先天性の障害があることが分かったんです。ドラべ症候群という難病でしたので、通える病院や施設も限られていました。今後の生活を考えて、全てが整っている都島区に引っ越すことにしたんです。」

大好きな仲間のいる場所から離れ、新しい土地で子育てに専念していた真理さん。大好きなパン作りもほとんどしていませんでした。
「息子が2歳になる頃、ふと『このままじゃやばい』って思ったんです。」
相談できる人がいない環境で、慣れない子育てや息子の難病と戦う日々。気付かぬうちに頑張りすぎてしまっていたのです。

「息子に障害があるからといって、やりたいことをせず子供中心で生きるのは、自分にとっても息子にとっても良いことではないなと思いました。」

彼女は友人に新しいことを始めようかと相談したところ、「パンのオンライン販売をやってみたら?」と後押しされ、再びパン作りの世界に足を踏み入れることになりました。

「支えてくれる仲間がいるから」

オンライン販売の知識が0の状態からスタートした真理さんは、友人と共に試行錯誤する日々が始まりました。発送時に冷凍していたパンが、家に届いても美味しく食べられるのか友人に協力してもらったり、梱包方法を学んだりと色々なことに何度も挑戦しました。

「失敗も多くて大変でしたが、それ以上に夢中になれることがあるのが楽しかったんです。友人もパン作りをしないのはもったいないって、ずっと背中を押してくれました。」

何事も新しいことに挑戦するのが好きな真理さん。
「自分一人では絶対に上手くいきませんでした。辛い時に支えてくれる人が周りにいてくれたから乗り越えられました。本当に恵まれているんです。」と彼女は語ります。

そして2019年、コロナが始まる1年前に真理さんのオンライン販売が開始されました。

「音楽とパンとコーヒーのお店、オープン」

息子さんが預けられる年齢になった頃、いつしかお店を出店したいと考えるようになりました。
「音楽活動をしている主人と、コロナで人目を気にして過ごしにくくなった世の中でも、『誰もがリラックスしてくつろげる空間』を作りたいねって話していたんです。」

息子さんの通う病院や施設、保育園があるこの地区でご主人と一緒にお店を探しました。再びお店を出したいと夢見た日から2年後の2023年4月、ようやく「パンとコーヒーのお店ふっくら」をオープンできたのです。

3月に実施したオープニングイベントでは、息子さんの病気についてオープンに話すことを選んだ真理さん。彼女は、障害を隠す世の中でもなくなってきた今、素直に伝えることで同じ病気に悩む人々が気軽に訪れやすくなると考えました。そして当日、発達障害の仕事をしている人や、以前息子さんと同じ病院に入院していた友人たちが彼女の店を訪れました。

「自分は本当にたくさんの人との繋がりや、優しさで支えられているなあと感じました。」

「完璧主義だからこその手抜き」

自身を「完璧主義」だと話す真理さん。
「旦那にもよく頑張りすぎって言われるんです。」
休むことが苦手な彼女は、気付かぬうちに無理をしてしまうことがよくあるそうです。

子育てとお店を両立させるために、彼女が心がけていることはあえて「手抜き」すること。心に余裕がなくなってしまわないように、お店の営業を週2日にするのも働きすぎないようバランスを保つための彼女なりの方法なのです。

それはパンへのこだわりも同じです。彼女が使用するのは玄米天然酵母。いろいろ試した中で一番使いやすいと感じました。
「本当は原材料も全てオーガニックで安全なものを選びたいんですが、そうすると原価も上がって大変なので。お客様が購入しやすい価格を保つために「こだわりすぎない」ようにしています。」

「誰もが認め合える空間を」

現在「ふっくら」は週に2度、自家焙煎コーヒーと音楽教室を兼ねたパン屋として営業しています。「コロナでマスクを付ける人、付けない人、それで叩かれることもあったりと安心できる場所が減った気がして。だからこそ、ここは誰でも気軽に訪れられて、お互いの話を聞き合い、子供も親御さんも一息つけるようなお店でありたいなあって。」

滋賀から大阪へ移住した彼女が作った「パンとコーヒーのお店ゆっくり」は、人との繋がりを大切にするパン屋でもあり、旦那さんが弾くヴィオラ・ダ・ガンバの優しい音が鳴り響くみんなの憩いの場でもあります。
「自分がお店を続けられるのは、周りの支えてくれる人たちのおかげなんです」と彼女は語ります。これからもお客様との繋がりを大切にし、地域の方々に愛される店であり続けること。それが真理さんの夢なのです。

パンとコーヒーのお店 ふっくら


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