「PanSal」 佐々木 真吾さん

オーガニックな食材を使った、優しい味の無添加パン

北海道苫小牧市、錦岡駅から徒歩20分ほどの距離に位置する住宅街に、オーガニック食材を使った無添加のパン屋「PanSal」があります。

扉を開けると、香ばしい焼きたてのパンの香り。
時刻は午前10時。オープン前の慌ただしい時間にも関わらず、店内からは
「いらっしゃい、寒かったでしょう。遠いところからわざわざありがとうございます。」と、包み込むような笑顔で奥様の佐々木知恵美さんが出迎えてくれました。

キッチンでは店主の佐々木 真吾さんがパンを焼く準備の真っ最中。
せっせとパンを作りながら、時々、手を止めながら取材に答えてくれました。

店名の「PanSal」は、「パン」と真吾さんの大好きなスポーツの「フットサル」を組み合わせて名付けられました。また、スペイン語で「健康のために」を意味する「Salud(サルー)」という意味も含まれ、「お客様の健康と繁栄を願う」という優しい想いが込められ立ち上げられたお店です。

パン屋での製造業務

真吾さんは高校を卒業後、自動車整備の専門学校に通っていました。以前から車に興味があったので、将来は車に携わる仕事をしようと決めていました。

しかし、専門学校を卒業後にレンタカー屋でアルバイトを始めますが、レンタカー業務は長時間運転することが多く、自分には向いていないと徐々に実感していくのです。

「長時間の運転が自分にはむいていないと感じ、うまく仕事をこなせなかったんです。好きなことじゃないと長続きしない性格なので続きませんでした。」

車ではない、別の道へ進むことに決めた真吾さん。
新たな道を模索し始めました。

昔から食べることが好きで「食」への関心が高かったため、徐々に「食品業界」の仕事に惹かれていきました。
初めての就職先は大手のパン屋。そこでは「成形する・焼く」などのパンの製造を担当しました。

真吾さんにとって、念願の食に関する仕事はやりがいのあるものでしたが、幼い頃から続けていたサッカーと、社会人から大好きになったフットサルへの情熱も変わることはありませんでした。

パン屋での約3年間の製造業務を辞め、フットサルの道に進むことになりました。しかし、再びパン屋への道が続いていることを、彼はまだ知る由もなかったのです。

フットサルへの挑戦

真吾さんがサッカーと出会ったのは9歳のころ。
すぐにサッカーにのめり込み、毎日練習に励みました。

サッカー以外の新たなことにも挑戦してみたいという思いから、高校時代は一度サッカーから離れて空手部に入部しました。
しかし、子どもの頃からやり続けてきたサッカーから離れると、サッカーをしない生活になんだか物足りなさを感じるようになり、社会人になってからは再びサッカーをする生活へと戻りました。

当初は、仕事とサッカーを楽しめる生活が待っていると期待していましたが、実際はパン屋の仕事に休日休みはなく、毎週日曜日の試合に参加することが難しくなっていきました。

彼は次第に、この先大好きなサッカーを続けるには仕事を辞めるしかないと考えるようになりました。

パン屋の仕事を続けるか迷う中、ある時書店で「フットサル専門雑誌」が目に留まりました。

当時は現在のような盛り上がりもなく、発展途上にあったフットサル。
しかし雑誌の情報から、「フットサルがプロスポーツになるのも時間の問題」だと将来性を確信していた真吾さん。すぐにフットサルを始めなければ間に合わないと感じました。

「自分にどこまでできるか分からないけど、直感的に、本気でプロを目指すなら『今しかない』と思ったんです。」

パン屋を退職後は、所属できるチームを探し求め東京に拠点を移し、レベルの高い全国のフットサルチームを探す日々。
最終的に、フットサルで日本一を目指す旭川の社会人チームに所属を決めました。

毎日過酷な練習をこなしながら、空いている時間には派遣の仕事をし、試合が無い日は地元の苫小牧に戻り、地元のチーム練習や試合に参加するハードな生活を過ごしました。

しかし、旭川に拠点を移して半年後、現実的に生活していくことが難しくなり新たな就職を余儀なくされたのです。

菓子メーカーでの商品開発

フットサルと両立ができる仕事を探し始めた真吾さん。
自分が好きな「食品関係」に絞り、地元苫小牧にあるお菓子メーカーでの製造業に転職を決めました。

転職後もフットサルへの想いは変わらず、地元苫小牧で1番強いチームになるという目標を掲げ、自分自身はチャンスがあればプロチームのセレクションを受けようと希望を持ちながら、仕事とフットサルを両立させる日々が続きました。

仕事では、製造だけではなく、商品開発にも携わるようになりました。
物事を徹底的に追求するのが好きな彼にとって、商品開発の仕事は非常に魅力的で、大きなやりがいを感じるものでした。

日々の業務を通じて、商品開発について学んでいくうちに、日常で食べている菓子やパンなどの食品には多くの添加物が使用されていることを知りました。疑問をもった彼は、次第に「食の安全」について考えるようになったのです。

「みんなが安心して食べられるものを開発したい。」

真吾さんは、誰もが安心して食べられるものを開発したいという想いから、添加物をいっさい使用しない「無添加」のお菓子を提案しました。しかし、企業の中で完全無添加の食品を作ることは簡単なことではなく、提案は実現しませんでした。

「添加物をいっさい使用しないお菓子を作るには、自分でやるしかない。いずれ独立するしか方法がないことを知りました。」

「完全無添加」の食品製造は、企業の中にいては実現が難しいと悟った真吾さん。約12年続けたお菓子メーカーから独立し、「無添加食品」のお店を開く準備をスタートしました。

「今しかない」無添加への想い

昔からパンが好きだった真吾さん。
無添加の食品を作るなら、毎日食べられる主食のパンに挑戦することを決めました。彼の目標は、体に優しく、安心して食べられるパン作り。

周囲からは、利益も出しにくい無添加はやめておいた方がいいと批判の声ばかり。
オーガニックや無添加を突き詰めたパン屋さんも少なかったのです。

しかし、真吾さんは「こだわったパンを求めるお客様はいる」と信じ、無添加のパン屋が少ないことはむしろチャンスと感じました。

「難しい挑戦だとは分かっていましたが、世の中に出回っていない物を自分が作り出すんだと使命を感じて。逆に燃えてきたんです。」と笑いながら話します。

周囲が賛同してくれない中、偶然、長沼で平飼いたまごを営んでいる方や自然栽培野菜を作っている農家さんを訪れる機会がありました。
彼らの話を聞くうちに「自分たちはこだわりを持って食べ物を作っていくんだ」という農家さんの強い信念や使命感をすごく感じたという真吾さん。
「彼らもみんな試行錯誤で挑戦していたんです。みんなが循環していくために、自分は彼らの食材を使って無添加を届けようと後押しされた気持ちでした。」

彼らの姿から勇気をもらった真吾さんは、「農家さんの想いを届けたい」という気持ちから、オーガニックや無添加に挑戦する決意が更に強まることになりました。
「やるんだったら『今しかない』。とことんやってみようって。」

「主人は頑固だから、一度やると言ったことは意地でもやり通すんです。」と隣にいる奥さまの知恵美さんも笑顔で話してくれました。

ここから、真吾さんの過酷な挑戦が始まったのです。

パン屋への挑戦

無添加のパン屋をオープンすると決めた真吾さん。パン作りの基本を学ぶために、古本屋で一冊のパン作りの本を購入しました。そこから独学でパン作りの基本を学び、粉の配合や焼き加減など、約1年かけてパン作りの技術を磨き上げました。

そして2022年10月、待ちに待ったオープンの日がやってきました。

「難しい挑戦だとは分かっていましたが、パン屋をオープンして、改めて『道なきみちを進む過酷さ』実感しました。」

当初は、本に書かれた通りのシンプルなパン作りからスタートしましたが、全て独学で学んでいたため、思ったようにパンが上手く焼けない日々が続きました。特に、発酵器や電気窯の癖をつかむことが大変で、最初の頃は失敗も多かったのです。

パンが上手く焼きあがらず、ひたすら一人で悩み続ける日々。

そんな真吾さんを、ずっとそばで見守っていた奥様の知恵美さん。
ダメもとで彼女の知り合いに依頼した結果、ありがたいことに同業者の方からアドバイスをもらえることになったのです。電話での相談にとどまらず、直接お店に来てもらい、一日かけて指導してもらうこともありました。

「パン屋なんだから、パンを大量生産しないとだめなんだ!と囚われていたんです。だけどそれが間違いだったと気付きました。」と真吾さんは振り返ります。

かなりの量を一度に発酵機にかけていたため、パンを上手く焼けなかったのです。
その失敗から、「少量でも質の高いものを提供する」という考え方に至り、そこからパン作りが安定していきました。

「独学でのスタートだったので失敗ばかりでした。自分一人では臨機応変な対応ができませんでしたが、たくさんの人からアドバイスをいただくことで、問題を解決してこれたんです。」

常にベストを追求する真吾さん。
パンに「これだ!」という正解はないため、現在も、一番人気の「Sal食パン」は継続的に改良していると言います。

「その日の気温や湿度、パンの発酵具合など、少しの環境の違いで仕上がりが変わるんです。ミキサーや発酵器、電気窯の特性を理解するには、焦らず、時間をかけてベストを見つけていくしかないことを知りました。」と真吾さんは語ります。

「人生は一度きり」やらずに後悔よりやって後悔

自身の性格を「考えて行動するより、先に走ってしまう。」と話す真吾さん。
その背景には、大学時代に、陸上に力を注いでいた幼馴染からの言葉がありました。

「人生は一度きり。やらずに後悔するよりやって後悔した方がいい。」

「この言葉を聞いたとき、なんだかとても衝撃が走りました。人はいつ死ぬかわからないから、やりたいことを思い切ってやろうと思ったんです。」

真吾さんが何かに挑戦するとき、後押ししてくれるのはこの「今しかない」と言う言葉だと言います。

「フットサルを始めたときも、12年間勤めた会社を退職してパン屋を始めたときも、この言葉に励まされてきたんです。」

今この瞬間を生きること、そして情熱を持って挑戦することが、彼の行動の原動力となっているのです。

今できることは何かを考えながら、走り続ける

PanSalでは、アレルギーを表示したり、店頭に使用している食材を並べたり、お客様が安心して食べられるよう心がけています。
いつもはキッチンでパン作りに集中し、奥様の知恵美さんが販売を担当していますが、彼が店に立つ時は、お客様一人ひとりとの会話も大切にしています。

「先日、牛乳アレルギーの方が店に来てくれて。食べられるパンがあるか尋ねられました。」

「お客様と直接話すことで、様々なアレルギーに苦しむ人たちがいることを知りました。この発見が、新しいパンの開発に挑戦するきっかけになりました。」

米油を使ったアレルギー対応のパンを作る一方で、真吾さんは使用している機材を他のパンと使い分けていないため、「完全アレルギー対応とは言えない」と正直に伝えています。

「『それでもいいよ!』と理解してくれた人に、販売をしていきたいんです。」

お客様のために今できることは何かを考えながら、走り続けるのが真吾さんのスタイル。お客様一人ひとりのニーズに対応しようとする彼の姿勢が、多くの人々に愛される理由なのです。

オープンから1年

「PanSal」がオープンしてから約1年。
真吾さんはこの1年を振り返り、「オープンしたのが昨日のようなんです」と話します。

独学でパン作りを始めた彼にとって、右も左もわからない状況の中、パンの出来も日々変わり、この一年は挑戦の連続でした。

「だけど後悔したことは一度もなく、濃厚で濃密な1年間でした。」

「素敵なたくさんの方々に支えられて1年間やってこれました。これらのご縁がなければ『PanSal』を続けることはできませんでした。」

特に、奥様の知恵美さんは彼を支えた大きな存在の一人でした。
保育士として働いていた彼女は、「この人の人生だから、夫がやると決めたことを止める権利はない。」と考え、彼の挑戦を全力でサポートする道を選びました。

また、彼女自身も働く母親の姿を見て育ったため「働くママや、頑張って働く人たちを応援したい」という温かい想いがありました。
「夫の作るパンで一人でも多くの人の悩みを解決し、笑顔になってほしいんです。」

プライベートでは、三人目の子どもが生まれたことを機にフットサルを辞めた真吾さん。現在は息子さんがサッカーを始めたことをきっかけに、新たに指導者の道を歩み始めました。

「今は、子どもたちがサッカーを楽しむ姿を見るのがとても好きなんです」
そう話す真吾さんは、かつてのプレイヤーとしての情熱を、次世代への指導者としての熱に変えているのです。

「未来の子どもたち」のために

店をオープンしてから約1年。今後のことを考えると、まだ不安になることもあると言います。
「未来の子どもたち」のために、オーガニック食品が当たり前に選択できる世の中を作っていきたいと願う真吾さん。

「店を大きくしたいとは思わない。食に関する困りごとをお客様と一緒に解決していきたい」と話します。

彼が目指すのは、安心して楽しんで食べられるものを提供する、お客様に寄り添ったお店。

「人生は一度きり。やらずに後悔よりやって後悔」大切な友人がくれたこの言葉。
「プロのフットサル選手になる夢は叶わなかったけど、挑戦して本当に良かったです。全く後悔はしてません。きっと挑戦していなかったら今の自分の姿は無いと思います。フットサルを通じて出会えた人達が自分にとって最高の宝物です。」

真吾さんの挑戦は、まだ始まったばかり。
真吾さんと知恵美さんが営むPanSalは、今後もお客様に寄り添いながら、進み続けるのです。

PanSal | ぱんさる


北海道苫小牧市美原町
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