「puripanpicnic」 川野絵理さん

食べてくれる人の身体を、大切に思う。

東京23区の東端、江戸川区。中川にほど近い下町の住宅街に、川野絵理(かわの・えり)さんが営む「puripanpicnic(プリパンピクニック)」の工房があります。そこで生み出されるのは自家製の天然酵母や、国産小麦、米粉、有機食材などで作られる「自分の子供や家族に食べさせたいパン」の数々。
おいしいのはもちろん、病気による食事制限やアレルギーの人も楽しめるようにと作られた、他では買えない優しいパンが、看板のない小さな工房からゆっくりと、でも確実に老若男女に届けられています。

小さな工房から届く、思いやりのパン

大きな窓から陽光がたっぷりと入る住宅の一角。リビングで遊ぶ4歳の息子さんが時折ひょっこりと顔をのぞかせる中、川野さんが今日もきびきびと手を動かします。

現在、完全受注で生産されるパンは季節ごとにメニューを変えながら常時20~30種類を展開。多くのお客さんはひと月に一度13、14種類のパンが届けられる定期便を利用しており、最近はそのほかにも幼稚園のママ友達からの注文も多いといいます。注文は毎週10件ほど、週に200個前後のパンを作る日々です。

甘酒酵母から作られた「玄米甘酒クッペ」は、新卒入社した会社の同期が経営する北品川のブックカフェにホットドッグ用として毎週80〜180本ほどを配送。

「最近まではインスタグラムやホームページから注文を受けることがほとんどでしたが、息子が幼稚園に通うようになり直接渡したり、近所なので自転車で届けに行ったり、逆に取りに来てもらったりすることも増えてきています」

焼きたてを食べてもらえて、感想もダイレクトにもらえるローカルなやりとり。SNSを中心に広がっていったお店が、まるで昭和の商店街のようなコミュニケーションの形に先祖返りしているのは不思議でおもしろくもあります。

アポイントを受け注文をもらって、というやりとりがなく、気軽に立ち寄れる店舗経営も考えてはいるけれど、子育てもしながら続けるには今の形が良かったりも。

「お客さんはほとんどが知人か、その知人。例えば息子が熱を出したり、どうしてもパンが焼けないときは発送を延期させてもらったこともありました」

パン作りに妥協は一切ないけど、子育ても大切。持続可能な形でお店とお客さんがつながる関係性はなんだか、この時代のしなやかさを表しているようにも見えます。

一番人気は食パンと、特に女性から好評の「メープルナッツゴルゴンゾーラ」。他にも子供に人気の、砂糖の代わりにバナナで甘みを出したパンや、米粉のパン、「有機レーズンクルミ」など滋味に富んだ逸品が並びます。全てのパンで卵を不使用にするなど、「どんな人でも食べられること」へのこだわりが一貫されています。

「子供ができ、周りにも小さいお子さんがいる友人が増え、『子供に安心なものを食べさせたい』という意識がある人が多いことに改めて気がつきました」

全てのパンに込めるこだわり

「偏食だけど、パンにすると食べられちゃう子が周りにも結構いて。昔は豆乳や牛乳を使ったパンはあまり作っていなかったんだけど、できるだけパンでいろいろな栄養素が摂れるようにしたいな、と思うようになりました」

北海道産のにんじんやかぼちゃを使用したベイクマの野菜パウダーを使った、子供が好きな動物型やドーナツ型の商品は、そうした配慮から生まれました。

病気やアレルギー、ヴィーガンなどの信条を理由に食事に制限がある人への想いも、パンに込めます。「塩や砂糖は病気になるとかなり制限されたりします。なので白砂糖ではなく甘酒やメープルシュガー、果実から甘みをとり、それらもなるべく抑えるようにしています。小麦や動物性食品が食べられない人にしても、食べられるパンがなくて辛いと話す人たちから『あなたのパンは希望』などと言ってもらえると本当にやっていてよかったなと思います」

少し前にはこんな出来事も。乳製品や動物性食品を食べられないお客さんから「私でも食べられるパンはありますか」と、お問い合わせ。

「食べられるパンがあったとしても一つ二つだと思っていたようで、複数種類選べたことに対して『夢みたい、嬉しすぎて泣きそう』と喜んでくれました」

「ご褒美のようなパン」「生きる糧」など、お客さんからもらう言葉が、そのまま川野さんのやりがいにつながります。

名店と称されるお店でも食事に制限のある人への配慮は十分ではないそうです。

「味だけを追求するなら砂糖などはやっぱり重要になってきます。おいしいパン屋さんはたくさんあるから、そういうのはそちらに任せようかな、って。私は、他のお店で買えないパンを作っていきたいです」

外国産の小麦にもおいしいものはたくさんありますが、「ポストハーベスト農薬(収穫後、輸送時の農産物に使用される農薬)を考えると国産小麦を使いたい」と川野さん。

国内シェアの低い国産小麦の農家を応援したいという思いもあって「おいしい道産小麦が小ロットで買え、種類も豊富なのでベイクマを利用している」とのこと。梱包時に入っている紙がかわいいこともポイントだそうです。

偶然から夢へ、職業へ

小さいころから料理が好きだった川野さんは、就職活動時期に「いつか自分のお店を持ちたい」と思うようになり、大学卒業後は「一度色々な店を見て、考えよう」と飲食店向けの営業職に就きました。

学生時代から憧れていた女性から借りたパンの本や、当時の住居近くにあった名店のパンに感動したことが、ベーカリスタを目指すきっかけに。営業の仕事をしながらパン屋に修行に入ったり、営業職を辞めた後もまた別の名店で経験を積んだり、料理学校のパン部門やフランス、ドイツへのパンを学ぶ旅などを経て、地元近くの神奈川県藤沢市辻堂にある、自然素材の家や地球にやさしい日用品、有機野菜や食品を扱う商業施設が新しく始めるパン屋の立ち上げに関わることになりました。

仕入先や機材、メニューなども自分たちで決め、ゼロからパン屋を作り上げた経験は大きな自信となり、素材選びの大切さや安心できる食材を求めるお客さんが多いことにも気づきました。

「私自身アトピーがあり、都心部で働いていたときはしょっちゅう皮膚科に行っていたんです。だけど、食事なのか空気なのか、その必要がなくなり体調の変化を実感したことが、意識にも大きな影響を与えました」

立ち上げた店舗で1年半ほど勤めたのち、出産を経て現在の住居に引っ越す際に「ちょっとわがままを言って」現在の工房を作りました。

新卒時代からパンに夢中で、ついたあだ名が「プリパン」。憧れの女性がピクニック好きだったことから、自分を応援してくれた人たちへの感謝を込め、店名を決めました。

「食事制限がある人などへ向けた、普通では売っていないパンをもっと広げていきたいのが一つ。もう一つは、地元の人がもっと気軽に買いに来られる場を作りたい」と今後の展望を語ってくれた川野さん。

現在も年に一度、クリスマスシーズンに北品川のブックカフェで1日限定ショップをしており、「今年も来てくれたのね」と声をかけられたりすると、「やっぱり直接売るのっていいな」と思うそうです。

自分のパンを知る 長い旅の途上

そして、まだまだパン作りへの熱意も冷めません。

修行時代に師匠から伝えられたのは『自分のパンが焼けるようになるには20年かかる』という言葉でした。「私が本格的にパンを焼き始めたのは29、30歳の時。なので、50歳になってようやくパンのことがちゃんと理解できるんだろうな、って。実際、焼いていてすごく感じるんです。経験を積み重ねて分かるようになっていく感覚を。今はまだ子供も小さいし、パン屋としてもまだまだ準備段階かなって」

「50歳までどれだけ色々な経験をし、準備ができるのか」

天然酵母のパンのように、川野さん自身もゆっくりじっくり円熟していくのでしょう。

(文・写真 清水泰斗)

puripanpicnic | ぷりぱん ぴくにっく


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