「しょくぱんとワッフル yukai_pan」 平山ゆかりさん

こだわり食パンで、たくさんの人を笑顔にしたい。

札幌の隣町、北広島市に念願のパン工房を開き、2020年7月に1周年を迎えたyukai_pan(ゆかいパン)。小さな工房で1人奮闘しながらも充実した毎日を送っているべーカリスタ・平山ゆかりさんにお話を伺いました。

店舗を持たないパン屋さん

北広島市共栄(きょうえい)町のテナントビルの1F。ベーカリーのある場所としては、およそ似つかわしくない場所で平山さんはパンを焼いています。それもそのはず、ここはパンを作る工房であって、販売している店舗ではないのです。

では、店舗の場所はというと……。それはその日によるのです。

(画像提供:yukai_pan)

平山さんが営むyukai_panは店舗を持たないベーカリーで、常時8種類の食パンと数種類のテーブルパン、焼き菓子のワッフルを通信販売で売るというスタイル。

近隣に住む方からの予約注文を受け、買いに来たお客さんに販売することはあっても、この場所に焼き上がったパンが並ぶことはありません。

「店舗を持たないことでちゃんと売れるだろうか、知ってもらえるだろうかという不安はもちろんありましたが、結果として通信販売で良かったこともあったんです」と、平山さん。

「注文が入った分だけ焼くので、食品ロスがほとんどありません。食材が無駄にならないのでその点は本当に良かったと思います。自分が焼いたパンが行き場を失うのは辛いですからね」

通信販売のほかには出張販売も行っています。時にはカフェの片隅で、時には書店の一角で、はたまたイベントにと、大忙し!

通信販売と出張販売、それが店舗を持たないyukai_panのスタイルです。

好きが高じて本職へ。まさかの人生の幕開け

平山さんは、もともと料理やお菓子を作るのが好きで、中学生の頃から一人でクッキーやケーキを焼いていました。その後、社会人になり結婚・出産を経て、ママ友のひとりに誘われてパン教室へ通い始めたことが、この道へ進むきっかけになったそうです。

「そこからはパン作りの魅力にどっぷりとハマっていきました」

一通り教材を習い終えるとJHBS(ジャパンホームベーキングスクール)で講師の資格を取得し、師範の道を究めた今でも習い続けているのだそうです。

「気がつけば17年も習い続けているんですね……」

「パン屋さんになりたいとか、講師になりたいとか、そんなことは全く考えていませんでした。ただ楽しくてパンを焼いていただけでしたが、人に差し上げるととっても喜んでもらえて。それが本当に嬉しくって」

取材や撮影は初めてということで、少々緊張した面持ちの平山さんの表情に、穏やかな優しさが戻ってきました。パンのことならいくらでも聞いて!という心の声が聞こえてきた瞬間でした。

「主人の仕事の都合や子育てのことを考え、当時住んでいた岩見沢市から北広島市に引っ越してきたのを機に、思い切って自宅でパン教室を始めました」

それが12年ほど前のこと。地道に努力を重ねてきたおかげで、今ようやく自分の工房を持つという夢を叶えられたのだそうです。
「越してきたばかりの頃は知り合いもいないし、淋しくて泣いてばかりいたんですけどね」と、平山さん。

ところが、お話を伺っていくと実に多くの方がyukai_panに携わり、平山さんの助けになっていたことがわかりました。

人を笑顔にしたい……店名に込めた思い

工房の目立つ場所に一枚の絵が飾ってありました。一目で平山さんご自身であることがわかる、朗らかな笑顔が特徴の似顔絵です。お子さんが描かれたんですか?と、尋ねてみたところ、友人のお子さんが描いてくれたとのこと。

「ここにはもともとスナックが入っていました。内装もダークな雰囲気でしたが、友人がリフォームを全部手伝ってくれたんです!」

エプロンについている食パンのブローチが素敵だったのでかわいいですねと声をかければ、これも友人が本物のパンを乾燥させて作ってくれたの、と。

そう、ここは引っ越してきたばかりで淋しい思いをしていた平山さんの助けとなるご友人や、パン教室時代の生徒さんの応援の気持ちがたくさん詰まった素敵な工房へと生まれ変わっていたのです。

店名の由来を伺うと、笑いながらこう答えてくださいました。

「よく愉快な人だねって言われます。愉快、楽しいこと、人を笑顔にしたい! そんな思いで店名にしてみました」

穏やかに語る口調は母のように優しく、飾らない雰囲気はどこか親しみやすい。そんな平山さんと接しているうちに、自然と友人たちが助けの手を差し伸べてくれる……お人柄を感じられるエピソードです。

ゼロから始めたパン工房も、気がつけば多くのファンが

もともとは美唄市のご出身。北広島市との接点や友人のつてなどがあったわけでもなく、家族のために引っ越してきた町で友人に助けられながらもベーカリーシェフとして味の探究を始めます。

yukai_panの主力商品は食パンです。

「菓子パンや惣菜パンはそれ1つで完結していますが、食パンはトーストしたりジャムやバターを塗ったりと、食べ方に選択肢がありますよね。今日はどんな風に食べようか、なんていう家族のコミュニケーションが生まれたら良いなという気持ちで食パンを焼いています」

昨今は1斤1,000円もするような高級食パンが流行していますが、平山さんが目指す味とは異なるようです。

「添加物を一切使用していない、体に優しいものを届けたい。対面販売用には食パン以外にもいろいろなパンを焼いていますが、なるべく北広島産のものを使用したいですね。季節の野菜、お米、酒粕などは今でも北広島のものを使用しています。地産地消って良いですよね」

ゼロからスタートしたパン工房が、今では北広島産の素材を生かした地産地消の商品を生み出し、ついには北広島市のふるさと納税返礼品に選ばれるほど認知されるようになったのだと言います。

こちらがそのふるさと納税返礼品に認定された“けんかワッフル”。

友人のお子さんたちが最後の1つを巡ってケンカになってしまったというエピソードから名付けられたと言います。添加物を使用していないことはもちろん、甘さ控えめの優しい味が年代を問わず支持されているのだそうです。

実はyukai_panでは一度も宣伝をしたことがないのだそう。SNSを使って出張販売先のお知らせをすることはあっても、そのSNSの存在を積極的に打ち出すこともしていません。

パン教室時代に通ってくれていた生徒さんがyukai_panの存在をSNSで知らせ、それを見たフォロワーさんが購入して食べた写真をアップすると、またそのフォロワーさんが買いに来てくださるというように、次々と繋がっていったのです。

パンと実直に向き合うこと。それが平山さんの行っている唯一の広報活動なのかもしれません。

理想と現実の狭間で思うこと

ベイクマとの出会いは、小麦本来の風味を引き出す「小麦ふすま」と、呼ばれる粉を探していた時のこと。

ふすまとは小麦の外皮のことで、米でいうところのぬかに相当する部分です。栄養豊富で香ばしさや風味が良くなる反面、配合のバランスや相性によっては食感が悪くなってしまうという、扱いづらさもあるそうです。

「ふすまを使った食パンが思うような味にならなくて悩んでいた頃、いろんなところのふすまを取り寄せて試作していました。そのうちベイクマさんを知り、こちらのふすまで焼いてみたところ、これだ!と思える味に出会えました」

理想の粉や素材に出会い、目指す味を引き出せたとき、その達成感や満足感はとても大きいものになりますが、やはり原価が高くなってしまうようです。

「こだわればこだわるほど、どうしても高くなってしまう。でも、なるべく安く提供したいと常々思っているので、どこまでこだわって良いのか、その狭間で揺れてしまいますね」

yukai_panの中ではもっとも高い「とくべつの角食」でさえハーフ(一般的な1斤サイズ)を670円で提供しています。

パンのことを「自分の作品」と呼び、愛情込めて作っているからこそ、多くのお客さんに手にとってもらいたい……ベーカリスタ・平山さんの探究は続きます。

yukai_panが目指すもの

インタビューの最後に、もしこれから平山さんと同じようにベーカリスタを目指す人がいたら、なんて声をかけられますか?と、質問すると……ずっと穏やかな口調で話されていた平山さんが一際大きな声で「やめた方が良いって言う!」と、笑い飛ばしました。

お客さんの美味しいという言葉に支えられているけど、苦労の方がずっと多いのだ、と。好きなことを極めて、それを職業にした一人の女性のサクセスストーリーなどではなく、苦労を隠して困難を笑顔で乗り越えてきた平山さんの本音が垣間見えた瞬間でした。

毎日工房へ通い、当日発送や予約販売分を午前中に焼き上げ、午後からは仕込みや仕入れ、事務作業などに追われ、さらには週に1回程度の出張販売やパン教室(※2020年7月現在は新型コロナの影響によりお休みしています)までこなす平山さん。

「忙しいし大変ですけど、やめようと思ったことは一度もないですね。やっぱりお客さんの笑顔が見たいんです」

いつかは店舗を持ちたい。北広島の食材を使ったパンとスープのカフェを開きたいと語る平山さんの表情は希望に満ちあふれていました。

そう遠くない未来にyukai_caféがオープンするかもしれません。

(文・写真 松浦志展)

しょくぱんとワッフル yukai_pan | ゆかいぱん


北海道北広島市
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