「Tiny Bakers (タイニーべーカー)」豊島典子さん

継続していれば、必ずうまくいく。

北海道札幌市の住宅街にある自宅に併設されたパン屋Tiny Bakers (タイニーべーカーズ)は、その名の通り小さなパン屋さんです。店主の豊島典子(とよしまのりこ)さんの本業は歯科衛生士。小さいけれど長く続けたいと彼女がお店に込める想いがありました。

 

「パン作りが楽しくて、気づけばお店を始めていた。」

Tiny Bakers (タイニーベイカーズ)の店主:豊島典子(とよしまのりこ)さんは、製パン業界で働いたこともなく、ましてや飲食に勤めていたわけでもありません。タイニーベイカーズは典子さんの趣味がきっかけでオープンした、札幌市にある小さなパン屋さんです。

典子さんはマラソンや自転車に打ち込んでいたけれど、コロナ禍をきっかけに自宅できる新しい何かを探していました。10年ほど前から趣味で焼いていたパン作りを本格的に再会。作ったパンを友人たちに配るようになりました。
そして、タダでもらうのは申し訳ないからと材料代をもらうように。こうして少しずつパン作りの依頼が増えていき、パン屋を始めることになりました。タイニーベイカーズは札幌駅北口を出て住宅街の中にあります。また、北海道大学に近くに位置するこのお店は、学生もパンを買いに訪れます。

10月下旬の頃、北海道大学ではいちょう並木の秋まつりが開催されていて、秋の紅葉を楽しむ人たちで賑わっていました。

「これ、持っていって!」と笑顔でパンを渡す典子さん。取材に応じてくれた日曜日の昼下がりに、秋の紅葉を楽しみながらパンをいただく、そんなゆったりとした日常がここにありました。

「パン屋と歯科衛生士のダブルワーク。」

典子さんにはもうーつの顔がありました。彼女の本業は歯科衛生士です。お店は日曜日のみ営業し、平日は歯科医院で働くダブルワー力一です。

現在は兄が開業した歯科医院に勤めています。家族が勤める職場であり、スタッフの理解があるからこそ、兼業が実現できているのだと典子さんは語ります。ダブルワークが認められない職場があるにもかかわらず彼女が働いている職場ではむしろ応援してくれているのだそうです。

月曜日から金曜日までフルタイムで歯科衛生士として働き、金曜日の夜からパンの仕込みが始まります。2 日かけて仕込みを行い日曜日にお店を営業、休暇がないまま月曜日の仕事を迎えます。

「パン屋をオープンしてから約2年、自分でもよくここまで続けられなと思っています。以前は数10種類のパンを焼いていましたが、寝不足で倒れそうになり、今は15種類ほど焼いています。よく夜ご飯を食べながら、寝落ちしちゃうことがありました。(笑)」

なぜ彼女はこのようなハードなダブルワークをこなすことができるのでしょうか。

「楽しいんです。」と笑顔で答える典子さん。一度ハマったことにはとことん追求するのが彼女の持ち味。趣味で始めたパン作りが、お店をオープンするほどのストイックさが彼女にはありました。

「パンもスポーツも楽しいから続けられる。」

お店をオープンする前、典子さんは歯科衛生士に加えてマラソンランナーでもありました。

「最初は健康のためにと思って、ランニングを始めたんです。そしたらいつの間にか一緒に走らないかと声をかけてくださる方がいて。そこから少しずつ仲間が増えて、気づけば大会に出場していました。」

練習を重ねればタイムが伸びる面白さに夢中だった典子さんは、いくつもの北海道のマラソンに出場。そしてフルマラソンは3 時間を切るほどの好記録で大会で優勝した実績があります。

のちに怪我を負って走ることが難しくなってしまい、マラソンから自転車ヘシフト。典子さんの夫が自転車が趣味だったこともあり、マラソンで鍛えた肺活量が生かせるかもしれないと思ったそうです。自転車でもまた、大会で賞を取るほどに記録を伸ばします。

「楽しいから長く続けられるんです。もちろん、記録がうまく伸びず苦しい時期もありました。それでも諦めずに続けてきたからこそ、記録を伸ばすことができたのだと思います。苦しい時期を経てうまく行った時に、大きな達成感があるんです。」

パン作りを始めたのは今から10年ほど前のこと。

典子さんの夫が毎朝市販のパンを食べていていたため、添加物などの,心配をしていました。
パンなら自分でも作れるかもしれないと、夫の健康をきっかけパン作りを始めたそうです。

そしてパンを作るのが楽しくなり、ライ麦パンなどのハードブレッドや自家製酵母に魅了されていきました。

「ライ麦パンのあのずっしりとした味わい深さがたまらなく美味しいと思いました。友人の奥さんが海外の方でパンに詳しい方だったので、いろいろと教えてもらったんです。これまでパン酵母の存在なんて、全然知らなくて。」

タイニーベイカーズのパンは自家製酵母のハードブレッドのパンがメインです。それは典子さん自身が「おいしい」と思うパンだからです。

「私がおいしいと思うパンに『おいしい!』と言ってくださるお客さんがいる。共感してもらえることが一番嬉しいですね。」

「なんでもハマる訳ではない。」

一度ハマればストイックに熱中するタイプの典子さんですが、なんでもハマる訳ではないのだそうです。

「マラソンや自転車、パンなどいろいろと挑戦してきましたが、他にもたくさん挑戦し、失敗しています。例えば、サーフインを始めたんですけれど、全然ハマらなくって。かっこいいと思ってやったけど、全然楽しくなかった(笑)。」

「私のパンは陶芸品です。」

「インスタグラムで海外の方がかっこいいパンを焼くんですよ。それを見て私も『こんなかっこいいパンを焼けたらいいなあ』と思って。形から入るタイプなんです。」

典子さんのパンは、とにかく見た目にこだわります。見た目がいいのはうまく焼けている証拠。味も必然とおいしくなるのだそうです。パン作りはまるで陶芸品のようだと典子さんは語ります。

「過去に失敗して、もう嫌になっちゃって丸ごと廃棄しようとしました。そしたら夫に止められて(笑)。『素人にはわからないんだから、売ればいいじゃん。』って夫は言ってくれるけれど、私は微妙な見た目の崩れが許せなくって。でも、夫は美味しそうに食べてくれるからありがたいですね。」

少しでも納得できなければ売らない、一つーつに自信を持って販売している典子さんのパンは、ただの売り物ではなく芸術品なのです。

「何事も続けることに意味がある。」

典子さんが一番思い入れのあるパンは「ロデブ」でした。

「口デブは一番苦しめられたパンあり、自信につながったパンでもあります。何度も挑戦して失敗してます。」と笑いながら、口デブの思い入れについて語ります。

彼女にとって製パンの難易度の高かったのが、ロデブでした。ロデブは生地に多くの水を含ませるため、発酵が非常に難しいのです。最初は本を読んでそのレシピ通りに作っていましたが、ドライイースト使用のものがほとんどだったので彼女が培養する自家製酵母で作りたいと思ったそうです。

典子さんは、なんでも器用にこなすタイプの人のように思われるかもしれません。しかし、彼女が挑戦する途中で、数々の失敗がありました。彼女にとって挑戦だったロデブは、過去にうまくいった時のレシピで忠実に焼いたのにもかかわらずなかなかうまく焼けない時期がありました。

「スランプでしたね。」と何度も廃棄した経験があると語る典子さん。

それでも、諦めずに続けた先に成功があると彼女は信じていました。それをスポーツを通じて学んだからです。

「辞めないで苦しい中でも続けていくことが大事だなと思うんです。『継続は力なり』ってありきたりな言葉かもしれないけれど、私はそれを身に染みて感じています。どんなにうまくいかなくとも、ロデブをメニューから外すという選択肢は、私にはありませんでした。」

スランプに陥った時、典子さんは別の視点から試してみることが大切だと語ります。理想の形になるまで記録をとりながら、いろいろな角度から試したりすると、ある日突然「あっ、掴めた!」というポイントにたどり着くのだそうです。

パンがうまく焼けた時、パリッとしたクラストとジュワーと広がるクラムが好きなのだとロデブのおいしさについて典子さんは語ります。高加水だから少し日が経ってもリベイクすれば焼きたてのようにおいしい、ロデブは典子さん自身が好きなパンであり、研究を重ねてきた思い入れのあるパンです。

「私が作りたいと思うものだけ。」

典子さんは製パン技術を全て独学で学びました。これまでにパン教室に通ったこともありません。純粋に彼女が作りたいパンをどうすればうまく作れるのかを自分で調べ、典子さんが培養する自家製酵母で作りたかったのです。

「今後の人生を考えていくと、スポーツだけではないなと思ったんです。そこで、パン屋を始めたのですが、なんでこんなに大変な業種を選んだのだろうって思われるかもしれないですよね。それでも、私が楽しいと思ったものなら、辛いとか効率が悪いとか、関係ないんです。」

楽しいことだから続けられるのだと典子さんは教えてくれました。しかし、パン屋を本業にしないことには理由がありました。

「生地をーつにまとめてバリエーションを増やしたりする方法を取れば、もっと効率よくなるのかもしれない。けど、私自身がそれを面白いと思わなくって。」

「本職の人に『パン屋を紙めるなよ!』と言われてしまったならば、私は何も言い返すことはできません。それでも、お金をもらっている以上は趣味の領域ではないと思っています。しかし、ビジネスライクの売れるパンを作るより、私が作りたいパンを作ることにこだわっている。だから、本業にすることはしないんです。

「継続していれば、必ずうまくいく。」

それでも、ダブルワークはきついと苦笑いの表情で典子さんは語ります。今後は営業方法などを少し工夫する必要があると考えているそうです。

歯科衛生士を引退した後、典子さんは将来夫婦で商売できる何かを探していました。それがパン屋だったらいいなと、典子さんは語ります。

ダブルワークが辛く、時には挫折しそうになることもありました。パン作りを辞めるのは簡単、それを止める人はいないほどのハードワークでした。それでも彼女の口から「辞めたい」という言葉はありませんでした。

「正直、今の生活は辛いと感じることが多いです。それでもこのまま続けていけば、この生活に慣れるかもしれないし、改善すればもう少しゆとりができるかもしれませんね。今は挑戦の時です。」

継続していれば、必ずうまくいく。

いくつもの失敗を乗り越えてきた彼女だからこそ、パン屋も続けていけばうまくいくと信じていました。頑張っているのに結果がついてこないと、時には諦めてしまいたくなることがあります。それでも継続していくことが大切であると、典子さんは教えてくれました。

店名の「タイニー」はスモールより小さいという意味。

その裏には、小さくてもかまわないから細く長く続けていきたいという本当の意味が込めらているようでした。それは彼女にとってマラソンのようなものなのかもしれません。そして大きな達成感が得られた時、典子さんが実現したかった本当のタイニーベイカーズの在り方になっているはずです。

Tiny Bakers | たいにーベーかーず


北海道札幌市東区
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